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第16話 小説の執筆 パルプ紙と活版印刷


 僕は、襲ってくる睡魔に思わず欠伸をくっと噛み殺した。


 最近、夜更けまで起きている事が多い。


 けれど、何も遊び耽っている訳じゃない。


 やっているのは、小説の執筆。


 前世で読んだ諸々の作品を参考に書いている、ここではない異世界を舞台にした剣と魔法のファンタジーだ。


 主人公は、現代の地球から転生してきた少年。


 その少年が、同じように転生してきた幼馴染の少女の存在を知り、その行方を探しに旅に出る。

 その過程で、立ちはだかる世界を恐怖で支配しようとする魔王の手下達と戦っていく──そんな王道のストーリーだ。


 前世であれば巷にはその手の創作物は溢れていた。

 けれど、この異世界においては、本自体がまだ希少である為、読者には新鮮に映るだろう。


 ただ、貴族達には手に入れられるとしても、平民には本は高価すぎる代物だ。

 なので、その対策として、そうさせている紙の価格を下げさせる必要がある。


 現在、主に書物などで用いられているのは羊皮紙。

 それを、もっと安価なパルプ紙にとって代わらせる。

 そこに活版印刷術を登場させる事によって、大量生産が可能なパルプ紙を普及させるつもりだ。


 活版印刷機やパルプ紙の作り方については、前世で本の虫だった僕は、当然その知識も脳に刻み込まれている。


 それを利用して実際に制作してみて、実用に耐えるようであれば、ニコルさんを頼って大規模な生産体制を作る。


 そうして、情報流通の爆発的な拡大をもたらし、日常的に紙が使われるような状況にまで持っていきたい。


 そう。この異世界で、中世のヨーロッパで起きたようなルネサンスを起こすのだ。


 そうすれば、僕の執筆した作品も多くの人達の手に届き、幅広く楽しんでもらえるんじゃないかな。


 そんな壮大な構想を描いている。


 ちなみに、僕の執筆する上でのペンネームは、〈ルベル・カエルレウス〉。

 赤い右目と青い左目のオッドアイにちなんで。

 この地球のラテン語をベースとして言語体系が作られている世界の言葉で、赤と青を意味している。


 ただ、今はまだその材料が揃っていないので、羊皮紙に綴っているんだけどね。

 資金なら潤沢だから、ニコルさんに纏まった量のそれを仕入れてもらったんだ。



   §



 執筆を始めてから約一ヶ月後。


 分量にして、文庫本一冊程度の作品が完成した。


 睡眠時間を削って、出来るだけ美しい物語を紡ごうと頑張ったよ。


 早速、アイシュリング家の皆に回し読みしてもらったところ、思った以上の反響が返ってきた。


「思わず寝るのも忘れて読み耽っちゃったわ。ねえデュアル、この続きはまだ読めないの?」

「心躍る戦い、そして素敵な男女の恋愛が描かれたとても魅力的な作品ですね。私のデュアル君の才能が留まるところを知りません」

「迫力ある戦闘シーンに、思わず騎士団にいた頃を思い浮かべてしまったよ」

「流石はデュアル様です。このような至上の物語を紡がれるなんて」

「デュアル、私、この本、好き」

「主ー、寝る前にシンシア母さん読んでもらうと、ぐっすり眠れるのー」

「デュアル様は、文才も優れておられるのですね。感服いたしました」

「私、読んでいて年甲斐もなく興奮してしまいました」

「純愛って素敵ですよね! 私、憧れちゃいます!」


 リノア姉さん、母さん、父さん、レティシア、ニベア、ネビュラ、アンセルさん、ミアさん、クロエの言葉だ。


 うんうん。皆オタクがラノベを読むように楽しんでくれたようで、重畳だ。


 この分なら、この世界で、作家〈ルベル・カエルレウス〉の名が文豪として轟くのも、夢じゃないな。


 多くの人達が、自分の作品で胸を踊らせている姿を夢想しながら、僕は再び筆を動かすのだった。



   §



 今日の僕は、いつになく気合いが入っている。


 小説はある程度書きためられた。

 なので、次はそれを印刷して本にし、大量生産する為のパルプ紙と活版印刷機の制作に着手する事にしたのだ。


 必要な器材は〈破壊と創造〉の力を利用して自作した。


 そういう訳で、先ずはパルプ紙の制作からだ。


 先ずは、チップ化のプロセス。

 いつもモンスターを狩っている裏の森から切り倒してきた木を、〈破壊〉の力を用いて細かいチップ状にする。


 次に、蒸解のプロセス。

 チップを苛性ソーダ(ニコルさんに仕入れてもらった)と一緒に高温・高圧(ここでも〈破壊〉を使っている)で煮込み、繊維をくっつけているリグニンを溶かす。


 それから、洗浄・漂白のプロセス。

 繊維パルプを綺麗に洗い、さらに白くする。


 最後に、抄紙 しょうし のプロセス。

 パルプを水に溶かして網の上で流し込み、水を絞って乾燥させる。


 以上を行う事で、パルプ紙の完成だ。


 そうして出来上がったパルプ紙は、書き心地も滑らか。

 インクが酷く滲むというような事もなく、前世で使っていた紙とほぼ遜色ないものだった。


 そのパルプ紙の制作を成功させた勢いをそのままに、次に挑んだのは、そのパルプ紙に文字を印刷する為の活版印刷機の制作。


 活版印刷というのは、凹凸のある版の凸部分にインクをつけ、用紙に圧力をかけて転写する印刷方式の事。

 版は印鑑のように、画線部が鏡文字になっている。


 その活版印刷機の制作過程は、少々複雑な為、割愛。

 ニコルさんに用意してもらった材料を使って、〈破壊と創造〉の力を駆使して完成させたって事で。


 そして、必要なものが全て揃った事で、いよいよ印刷へ。


 先ずは、鉛で作った活字を、台に置かれた『ステッキ』という道具に入れていく。

 ちなみに、行間となるのが『インテル』で、空白文字となるのが『クワタ』だ。


 活字を並べ終わったら、固定して、印刷機にセットして、ローラーを使用して凸版に均一にインクを塗布する。


 次に、印刷用紙を版の位置に合わせて設置。


 そして、ハンドルを操作して、垂直に圧力をかけて版を紙に押し当てる。


 最後に、紙を版から外す。

 インクが完全に乾くまでは、約二十四時間かかる為、テーブルの上に置いて乾燥させておく。


 以上の作業で文字が印刷された紙の出来上がり。


 現代の地球で商業目的で出版されるもののほとんどは、オフセット印刷によるものだ。

 けれど、それとは違い、活版印刷の特徴である印刷面の凹凸やインクの滲みが、ハンドメイドの温かさを感じさせる仕上がりになっている。


(うん。前世の絵葉書を思わせるような味わい深さがあるね)


 これで、本の大量生産の目処が立った。


 後は、ニコルさんに協力してもらって、このパルプ紙と活版印刷機の生産体制を整える。

 そうすれば、そう遠くない内に、一般にも本や新聞などが普及する事になるだろう。


 いずれは、これに木工木板技術なんかを使って、イラストも添えて印刷出来たらいいな。


 僕はそんな展望を抱きながら、異世界で起こすルネサンスに、胸を躍らせた。




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