第15話 雪のように白い少女
「ふむ。これは中々面白い。研究対象として生かして捕らえる事にしよう」
虚空に像が結ばれて、一人の白衣を着た骨ばった顔をしている男の上半身が映し出された。
ホログラフィか。
この世界でそんな最先端の科学技術と同じような事を魔道具によって実現させるのは、あいつしかいないな。
「ニベア、お前の出番だ。任務を遂行しろ」
「はい。ドクター」
突如、何もない空間に、黒い歪が生まれたかと思うと、そこから、一人の少女が姿を現した。
現代の地球で言う高校生くらいのそのニベアと呼ばれた少女。
彼女は雪のように真っ白なミディアムボブヘアで、ルビーにも似た赤い瞳の持ち主だ。
その手には、柄の部分に禍々しい装飾が施された深紅の刃を持つ身体にそぐわない巨大な鎌を持っている。
その首には、レティシアが奴隷にされていた時に嵌められていたのと同じ隷属の首輪が。
「命令。貴方達を、倒す」
美しい死神のような少女ニベアが、平坦であまり抑揚のない口調で言う。
その感情のない表情も相俟って、機械仕掛けのような冷たい印象を受ける。
暗殺者のように、音を一切立てずに接近してきたニベアが、僕に向けてその大鎌を振り被った。
──キンッ!
だが、その深紅の刃が僕に届く事はなかった。
俊敏な動きで間に割って入った父さんの剣によって防がれた為だ。
「デュアル君、ここは私に任せて、君は皆の避難を」
父さんに頼まれたが、僕は逡巡した。
このニベアという少女、おそらく、父さんよりも強い。
実は、大作RPGゲーム〈黎明のエヴァンジル〉にも、このニベアという少女は登場していたのだ。
フィニス教団のマッドドクターである"ルカ"の称号を持つ男によって、〈終焉の厄災〉の体細胞から生み出された人造人間として。
ゲーム知識だけが判断材料じゃない。
ネビュラには劣るものの、僕も魔力感知にはそれなりに長けている。
それで感じとれる魔力が、異常に高いのだ。
けれど、純粋な膂力では敵わないのか、鍔迫り合いを制したのは父さんの方だった。
彼女はまだ魔力の操作に慣れていないのか、それを使ってステータスの底上げを図る事が上手く出来ていないらしい。
「シッ!」
死神の鎌を弾き飛ばした父さんが、水平斬りを放つ。
しかし、ニベアは押し返された力を利用して身体を鋭く回転させながら、
「〈断絶〉」
唱えつつ、死神の鎌を下から斜め上に払った。
剣と死神の鎌の刃が激しい勢いで交わる。
だが、先程と同じような金属音が鳴りはしなかった。
父さんの剣が、深紅の刃によって一切の音もなく切断されてしまったのだ。
ニベアの持つ固有スキル〈断絶〉の力だ。
これは伝説級のスキルで、次元を裂く事が出来る。
空間を移動してきたのも、このスキルを利用してだろう。
僕の〈破壊〉でも同じ事が出来るけれど、俺はまだ空間を移動する事は出来ない。
性能はあちらの方が上のようだ。
凄まじい威力の攻撃を受け、武器を失って呆然とする父さん。
その父さんに、ニベアが死神の鎌を突き立てようと振り上げる。
けれどそこに、それを阻もうとするかのような宙を走る熱線が襲った。
「──ッ!」
ニベアが、死神の鎌の赤い刃を盾にして、その熱線を受け流す。
僕はその熱線の放たれた方へと顔を向けた。
そこには、小さな翼を羽ばたかせて宙に浮かぶネビュラがいた。
「レオン父さんを虐めるな!」
ネビュラが、僕にしか理解出来ない言葉で叫ぶ。
知らぬ間に竜言語魔法を使えるようになっていたみたいだ。
最近じゃ母さんに甘えてばかりいるから、ペット感覚でいたけれど、腐ってもエンシェントドラゴンだな。
「新しい敵。排除する」
そのネビュラを脅威と見定めたニベアが、狙いを変えてそちらへと駆け出す。
「させない」
そのニベアの前に立ち塞がった僕は、
「〈死を忘れるな〉」
告げる。
「〈断絶〉」
ニベアが唱える。
再びの剣と死神の鎌の衝突。
今度のそれを制したのは、僕の剣だった。
死神の鎌には、高名な鍛冶師により、〈不壊〉の付与がされているため、切断は出来ない。
しかし、ニベアの手から弾き飛ばす事には成功した。
剣と死神の鎌の刃が交わる瞬間、〈創造〉の力で、〈断絶〉が持つ次元切断の力を、裂かれた次元を再構築する事によって防いだのだ。
そうなれば、後は純粋な膂力の勝負。
そちらは、魔力の扱いに長けた僕の方に分がある。
僕が、ニベアの顔に剣の切っ先を向けると、
「殺して」
彼女は抵抗する素振りも見せず、静かに目蓋を閉じた。
潔い態度だ。
だけど──。
僕は、そのニベアの首に嵌められている隷属の首輪に手を当てると、〈破壊〉の力を解放した。
──カチリ。
隷属の首輪が半分に割れて、地面に落ちる。
「え⋯⋯?」
目蓋を開き、目を見張るニベア。
「これで君は自由の身だ。もうあんなマッドドクターの命令に嫌々従わないでもいい」
ゲームでも、ニベアは、命令には逆らえないけれど、人殺しもしたくはないとそのジレンマに苦しむ姿が描かれていたからな。
彼女は本来、花を愛でるのが好きな純粋で心優しい少女なのだ。
それならば、救う事には何の躊躇いもない。
(また家族が一人増えちゃう事になるけど⋯⋯いいよね? 父さん、母さん)
「ありがとう。この呪いを解いてくれて」
そう言うニベアの頬を伝う一筋の雫は、とても美しかった。
§
〈三叉の雷霆〉によって気絶していた賊は全員捕縛して、
「〈かく証明された〉」
罰として、全員を老いさせてやった。
命まで奪いはしなかったのは、いくら罪深い盗賊団とはいえ、僕はまだ人を殺したくはないからだ。
これは、良心の呵責に耐えられないとかそういう事じゃない。
美しく生きる為には、殺人という残虐な行為は容易には受け入れられないというだけの事だ。
その理念がなければ、リノア姉さん達を汚そうとしたゲスなこいつらなんて、とうに八つ裂きにしてやっているところだ。
いずれそんな甘い事も言っていられなくなる事態に直面する事もあるかもしれないけれど、今はこれでいい。
「それで、デュアル君のおかげで皆無事だった訳だけど、あの信じられない力の数々については、説明してもらえるのかな?」
状況が落ち着いた後、アイシュリング家の全員がいる中で、父さんに尋ねられた。
使用人の皆は、盗賊団の襲撃があった際、家令のアンセルさんの判断で、邸の中で隠れて身を潜めていたそうだ。
なので、その様を直に目にはしていない。
けれど、僕が凄まじい力を発揮して制圧したという事は、既に父さんの口から説明があった為知る事となっている。
問われた僕は、もう隠し立てする事は無理だろうと覚悟を決め、皆に〈破壊と創造〉の真の力を打ち明けた。
何故今まで過小に能力を申告していたかについては、本当の事を話したら、恐れられて遠ざけられるかと思ったという事にしておいた。
これは全部が嘘という訳じゃない。
そういう気持ちもあった事は事実だ。
「そういう事だったんだね。その気持ちは分からないでもないけど、私達は、それくらいの事でデュアル君を遠ざけるような事は決してしないよ。大切な家族なんだからね」
「そうですよ。デュアル君は私達を守ってくれた英雄なんですから。むしろ誇らしいくらいです」
「デュアルには、大きな差をつけられちゃったみたいだけど、そのおかげで、野蛮な盗賊達の慰み者にならなくて済んだんだから、感謝しないとね」
「流石はデュアル様です。今回の件は、その輝かしい英雄譚の一頁として綴られる事になるでしょう」
「デュアルは私を呪いから解き放ってくれた。これから一生かけてその恩を返す」
以上のように、父さん、母さん、リノア姉さん、レティシア、新しく家族として加わったニベアは、温かく受け入れてくれた。
他の使用人達も同様に。
デュアルが悪堕ちするきっかけとなったフィニス教団に扇動された盗賊団の襲撃──。
それは、犠牲者を一人も出す事なく防ぎきる事が出来た。
これで、序盤の山場は越えた。
次は、二年後に控えた王立学園の受験だな。
ゲーム本編では、デュアルはその時、教団に囚われて悪の道へと進んでいる。
その為、王立学園に入学する事によって、シナリオにどんな変化が起きるかは予測する事が出来ない。
けれど──。
「どんな試練だろうとかかってくるといいさ。僕は美しい生き方を貫くだけだ」
一人になってから、誰にでもなくその決意を呟いた。




