第14話 襲撃
ある冬の日の夜。
暖炉に火を入れた快適なリビング。
そこで、僕とリノア姉さん、レティシア、ネビュラは一緒に緩やかな雰囲気の中、夕食後の団欒を過ごしていた。
「遅いわね、父さん達。何かあったのかしら」
紅茶を飲みながら、リノア姉さんが心配そうに眉を顰めた。
父さんと母さんは、親戚の葬儀に出席する為に、朝早くから馬車で隣町のケトラに出かけていった。
ちなみにこの紅茶は、行商人のニコルさんが仕入れてきてくれたものだ。
こういう嗜好品は、少々お高めだ。
けれど、商売で大成功を収めた事で、こういうちょっとした贅沢が出来るようになった。
これも全て現代知識のおかげである。チート万歳。
「葬儀が思ったよりも長くかかったのかもね」
と僕。うーん、紅茶の香りが芳しい。
「心配せずとも大丈夫ですよ。〈閃光の騎士〉と呼ばれるレオン様がついておられるのですから」
給仕役を務めるレティシアが、安心させるように言う。
彼女の紅茶を淹れる腕もだいぶ上がったものだ。
専属メイドとして、僕の身の回りの世話も頑張ってくれているし、今度何か贈り物でもして労ってあげようかな。
「レティシアの言う通りだよ。父さんは僕達が束なっても敵わないんだから」
無論、〈破壊と創造〉の力を使わなければ、だけどね。
その固有スキルありきであれば、既に僕は父さんを超えている。
裏ボスになるチートキャラだからね。それくらいでないと、面目が保てないよ。
「そんな事私にだって分かってるわよ。私が心配してるのは、お土産のお菓子。ケトラの名物蜂蜜パイが待ちきれないわ」
流石はリノア姉さん。食い意地が張っている。
健啖家なのに、全く太らない体質っていいね。
それに加えて、美貌に優れたスタイルと、全ての女性が渇望するものを、リノア姉さんは幾つも持っている。
ゲームにおいて重要な意味を持つサブヒロイン的な立ち位置にいるから、当然と言えば当然か。
ちなみに、〈黎明のエヴァンジル〉は、他の主要登場人物達も、軒並み美男美女揃いだ。
おかげで、推し活をするファン達にグッズがよく売れていたよ。
僕がそうやって、前世のオタク業界に思いを馳せていると、
「主ー。シンシアお母さんの乗ってる馬車が帰ってきたよ」
床に置いたクッションの上で丸まっていたネビュラが、首を持ち上げながら伝えた。
この子は、魔力感知が非常に優れている。
その為、いつも一緒に過ごしている母さんの魔力を覚えていて、それを感じとったんだろう。
と、その時──。
「きゃああああっ!」
つんざくような女性の悲鳴が聞こえてきた。
「母さんの声だ!」
僕は叫ぶと、すぐさまリビングを飛び出して、玄関から外にでて、声が聞こえてきた方へと駆けた。
邸の門の手前に、アイシュリング家の家紋が入っている馬車が止まっていた。
その傍らで、母さんが柄の悪い男に羽交い締めにされている。
父さんは、そこから少し離れた場所で、似たような不逞の輩達三十人程に囲まれている。
かなりの大所帯だ。
しかも、その内の一人に、地面に膝をついた状態で剣を突きつけられている危険な状態。
御者を務めていたはずの厩番のティオは、上手く逃げ出す事が出来たのか、その姿は近くには見当たらない。
ゲームのシナリオ通り、盗賊団が襲撃をかけてきたんだろう。
それが冬の間という事は分かっていたけれど、詳しい日時までは判然としていなかった。
まさか、父さん達が出かけていた日と被るなんて。
最悪だ。
こっちは、邸にこっそり潜入してくるという想定で色々と対策を練っていたっていうのに。
領主邸への襲撃じゃなかったのは、僕がデュアルに転生して色々とやってきた事で、シナリオが少し改変されたんだろう。
でも、何故父さんが追い詰められるような状況に?
あんなやつら、父さんなら例え一人でも、赤子の手を捻るよりも容易に制圧出来る筈なのに。
そんな風に怪訝に思いながら、この難局にどう対処したものかと様子を窺っていると、後からリノア姉さん達が駆けつけてきた。
「お父さん、お母さん!」
リノア姉さんの悲痛な声が響く。
呼びかけられた二人は、痛切に顔を歪めながら、黙している。
下手に声を上げて悪漢達を刺激しないようにする為だろう。
「おやおや、ターゲットが自分からのこのこと出てきやがったぜ」
リーダー格と思われるウルフカットの男が、父さんに剣の切っ先を向けながら、ニヤリとほくそ笑んだ。
「お父さん、なんでそんなやつらなんかに⋯⋯」
事実を受け入れられないでいるらしいリノア姉さんが、理解出来ないと言うように嘆く。
「それはな、こいつのおかげだ」
リーダー格の男が、剣を握るのとは反対の手に持っているものを、掌を開いて差し出して見せた。
それは、小さなキューブだった。
幾何学的な模様が描かれ、そのラインが、まるで心臓が脈打つようにどくどくと蠢動している。
(なるほど⋯⋯そういう事か。これで合点がいった)
「それって⋯⋯」
ただ、ゲーム知識なんて持っていないリノア姉さんには、それが何なのか分からない。
「分からないか? こいつはな。一定範囲内にいる人間を弱体化させる魔道具だ。起動すれば、ステータスは大幅に減少し、固有スキルも魔法も使えなくなる」
「そんな⋯⋯」
それを聞いたリノア姉さんが愕然とする。
そう。
あの古代の魔道具〈神の裁き〉は、ゲームでもフィニス教団の刺客などが戦闘中に度々使用していた。
効果は、今リーダー格の男が言った通り。
それで父さんは弱体化されて、何も抵抗出来なくなってしまったという訳だ。
おそらく、教団があいつらに渡したんだろうな。
卑劣な手を使ってくるとは予想していたけれど、あれ程希少な魔道具を用いられるとまでは考えが及んでいなかった。
「君達は逃げるんだ! 母さんは私が何とかしてみせる!」
父さんが僕達に必死に呼びかける。
「そんな状態のお前に何が出来るってんだ。あ?」
リーダー格の男は、そう脅すように言うと、手にした剣を、何の躊躇いもなく父さんの太腿に突き刺さした。
「ぐあっ!」
父さんが短く呻く。
「ぎゃははっ! さしもの〈閃光の騎士〉も、こうなっちゃあ無様なもんだな」
さも愉快でたまらないというように呵々大笑する。
「お頭、一人で楽しんでないで、俺達にもおこぼれをくださいよ」
下っ端と思われる若い男が、媚びた口調でせがむ。
「お前等は、そっちにいるお嬢ちゃん達と遊んでもらえ。殺しさえしなければ好きにしていいって話だったからな」
「いいんですか? ひゃははっ! あんな上玉二人を相手に好き放題出来るなんて最高だぜ!」
「俺はあっちの女だ! 美貌の伯爵夫人とヤレる機会なんて二度とないだろうからな」
粗野な男達が、下卑た笑いを浮かべながら、醜い欲望を露わにする。
美しくない、ゲスどもめ。
リノア姉さん達を汚そうとしてやがる。
こうなった以上、真の能力が明るみになるのは避けたいとか、悠長な事を言っている場合じゃない。
〈破壊と創造〉の力をフルに解放して、二度とあくどい事が出来なくなるように、蹂躙してやる。
僕はスイッチを切り替えて、残虐者モードへと移行すると、
「〈光を帯びた者〉」
その言葉を口にした。
途端、辺り一面に、写真でフラッシュが焚かれ時の数十倍はあるくらいの、目が眩む程の白く輝く光が放たれた。
「ぐあっ!」
「何だこりゃあ!」
「目があっ!」
「きゃあっ!」
賊達が、揃って目を押さえてもがく。
『ルミネッセンス現象』──。
物質が外部からエネルギーを受け取って励起状態になり、そのエネルギーを熱を伴わない状態で光として放出する現象。
それを、〈破壊と創造〉の力を駆使する事で、高強度で生み出している。
リノア姉さん達も巻き込んでしまったが、非常時故に致し方ない。
ごめん。今度美味しいプリンを作ってあげるから、許して。
その隙をついて、素早く父さんの傍に近づき、肩を貸して安全な場所へと避難させた。
「〈癒やしの女神〉」
すかさず、〈創造〉の力で父さんの傷を治癒する。
「ありがとう、デュアル君」
父さんからの礼に、「いえ」と返すと、
「父さんは、ここから動かないでください」
伝えてから、賊達の方に向き直る。
「てめぇ、ふざけた真似しやがって⋯⋯」
リーダー格の男が目を押さえながらこちらを睨めつける。
「〈結界〉」
事をなす前に、リノア姉さん達を魔法で保護しておく。
「これって、無属性の中級魔法!?」
リノア姉さんが、自分をとり囲む半透明の白い膜を見ながら、驚きの声を上げる。
「このクソガキが! ぶっ殺してやる!」
激昂するリーダー格の男に対し、
「人を弄び苦しめて喜ぶゲスどもが。神の雷に焼かれて身悶えろ」
宣告すると、
「〈三叉の雷霆〉」
瞬間、天を覆っていた厚い雲を割り、三つの巨大な雷の柱が、地上へと突き立てられた。
「「「ぎゃああああっ!」」」
その身を焦がされた賊達の叫喚が木霊する。
『摩擦帯電』──。
〈破壊と創造〉により、遥か上空に生み出した物質同士を接触・分離させ、その時の摩擦を利用して、静電破壊を意図的に起こし、高電圧・高電流を生み出す。
そうして、雷による三叉の矛を作り攻撃する大技だ。
三本の巨大な雷の柱は、賊達のほとんどを焼いて戦闘不能状態にした(死なない程度に威力を抑えておいた)。
残りは、母さんを拘束しているやつだけだ。
「お前も、そこに転がってるやつらと同じ末路を辿るか?」
睨めつけながら声を低くして凄む。
「ひぃいいいいっ!」
脅しを受けたそいつは、母さんを解放すると、脱兎のごとくその場から逃げ出していった。
「デュアル君、ありがとうございます!」
「いえ、その⋯⋯」
母さんに感極まったように礼を言われる。
昂ぶった気持ちを落ち着かせながら、どう説明したものかと頭を悩ませる。
そう逡巡していると、聞き慣れない声がどこからか届いてきた。




