第12話 新しい家族
「邪神よ! 我に力を!」
天を仰いで乞い願うと、その瓶のコルクを抜き取り、一息に呷った。
すると、痩せぎすだったマタイの肉体が変化し、肉体が膨張した。
筋肉が隆起するとともに、骨格まで成長して伸びていく。
更には失われた筈の右腕が傷口から生えてきた。
「これで貴様も終わりだ!」
血走った目で宣告する。
同時に、その生えてきたばかりの丸太のような腕を、僕の顔に向けて振るった。
その一撃を掻い潜り、胴体を斬りつける。
しかし、しゅうしゅうと音を立てながらすぐに傷口が再生してしまう。
「厄介だな。流石は、〈福音書〉で伝えられた秘薬なだけはある」
ゲームでも、この〈生命の福音〉の存在には苦しめられた。
ステータスは跳ね上がるわ、再生の力を得るわで、何度パーティを全滅させられた事か⋯⋯。
「何故貴様がその存在を知っている? この〈生命の福音〉は、教団の幹部にしか知らされていない秘匿された薬だぞ」
と目を眇めるマタイ。
「他にも色々知っているぞ。理由は言えないがな」
「薄気味悪い餓鬼め⋯⋯まあいい。どうせ、ここでお前は俺の手で殺されるんだからな」
「ほざけ。お前ごとき三下が、制限を解いた俺に敵うとでも思っているのか?」
吐き捨てるように言い放った。
「相当自分の腕に自信を持っているようだな。だが、それは驕りにすぎない。邪神の恩恵を受け、再生の力を賜った俺は無敵だ。貴様がどれだけ剣を振るおうがダメージは与えられない」
「そうか。じゃあ、こんなのはどうだ? ゴミクズ」
俺はそう試すように言うと、剣を鞘に収めた。
「何だ? 威勢のいい事を言っていた割に、もう降参するのか?」
そう嘲る言葉には取り合わず、剣を持たないまま素早く間合いを詰める。
そして、咄嗟に身を引こうとしたマタイの首を片手で掴み、
「〈かく証明された〉」
そう呟くとともに、〈破壊〉の力を解放した。
「あ⋯⋯がっ⋯⋯!」
まだ三十代前半程の見た目だったマタイの顔が、たちまちしわがれていく。
隆起した筋肉で膨れ上がっていた肉体も、空気の抜けた風船のように萎んでいく。
この技は、相手の肉体に直接触れ、〈破壊〉の力で細胞を損傷させ、身体機能を弱体化。
そうする事で、一瞬の内に老いたような状態にさせるというものだ。
人生が、『かく証明された』という事は、本来は、人生における自分の存在意義や目的が達成され、その真実が示された状態を指す。
そういった満足感や達成感を得られる事なのだ。
だが、抗う事を許さず老いを迎えるという悲しみと苦しみをそう表現する事によって、強烈に皮肉っている。
そうしてそこには、一人の老いさらばえた人間が残された。
「それだけ老衰すれば、もう悪事を働く事も出来ないだろ。命だけは奪わないでおいてやるから、どこへなりと消えろ」
俺が冷たく告げると、
「う⋯⋯ぁあ⋯⋯」
老衰したマタイは、うめき声を漏らしながら、引き摺るような足取りでその場からゆっくりと離れていった。
「後は、君の治療と隷属の首輪の解除だな」
気持ちを落ち着かせ、銀髪の少女に向き直る。
その銀髪の少女──耳が僅かに尖っているだけなので、おそらくハーフエルフだろう。
彼女は、顔に酷い傷跡があり、両目も潰れているようだ。
可哀想に。
モンスターに襲われるとかしたんだろう。
「誰⋯⋯?」
鈴を鳴らしたような声で、ハーフエルフの少女が問う。
「じっとしてて。今助けてあげるから」
僕はそう告げると、彼女の傷跡の残る顔に手をかざし、
「〈癒やしの女神〉」
〈創造〉の力で癒やしを与えた。
あっという間に、傷跡が消え去る。
元が見るのも痛々しい程に傷ついていた顔が、本来の美貌を取り戻す。
「⋯⋯嘘⋯⋯目が見える⋯⋯?」
ゆっくりとその双眸を開く。
前髪の隙間から覗くのは、宝石のように青く輝く瞳だった。
そこにいるのは、幻想の世界から抜け出してきたような容姿の銀髪蒼眼で絶世の美少女──。
「美しいね」
思わず、感嘆の声を漏らしていた。
「貴方は⋯⋯?」
「待ってくれ。そいつを解除するのが先だ」
尋ねようとする彼女を制し、その首に嵌められている忌まわしい道具に触れる。
〈破壊〉の力でその機能を停止させると、
──カチリ。
小さく音が鳴り、首輪が二つに割れて地面に落ちた。
「あ⋯⋯!」
ハーフエルフの少女が、驚きに目を剥く。
「これで君は自由の身だ」
「あ、ありがとうございます! 傷を治療してもらっただけじゃなく、隷属の首輪まで解除してもらえるなんて!」
涙ながらに感謝の言葉を述べるとともに、深々と頭を下げた。
「気にしないでいいよ。それより、君の名前は?」
「これは申し遅れました。私の名前は、レティシア・フェアウェザーです」
レティシア⋯⋯?
どこかで聞いた事があるような⋯⋯あ!
それって〈終焉の厄災〉の復活の為に必要な苗床の〈贄〉──。
その十ある〈クリファ〉の内の『愚鈍』を象徴する〈エーイーリー〉に選定されるハーフエルフじゃないか。
ゲームでは、奴隷として邪神教に囚われている大人になった姿しか描かれていなかった。
けれど、銀髪の前髪がかかるその顔には面影がある。
「レティシアだね。僕はデュアル・フォン・アイシュリング。この地を治めている領主の嫡男だ。それで、リリィはどうして違法な奴隷商人に囚われる事になったんだい?」
レティシアが徐に語り出す。
ここからは遠く離れた三十人程のエルフがひっそりと暮らす深い霧のかかる森の中にある村。
そこで、両親と三人でつましいながらも幸せな生活を送っていた。
けれど、その幸せを、あのマタイによって奪われた。
マタイは、古代の魔道具を使って、森に張られていた結界を破り、使役するモンスターを操って襲撃してきた。
その結果、モンスターの手によって両親は惨殺。
彼女も顔をその鋭い爪で抉られて両目を潰されてしまった。
その後は、隷属の首輪を嵌められて、自由を奪われた。
そうして、命じられるままに馬車に乗せられ教団のアジトまで輸送される事に。
その途中で、こうして俺に解放される事になった次第らしい。
「家族を殺されてしまったのか⋯⋯」
美しくないその残虐な行為に、思わず身につまされる思いになってしまう。
自分もゲームのシナリオ通りに進めばそうなってしまうのだから。
「その事については、確かに凄く悲しいです。お父さんもお母さんも、優しくて良い人達だったから。でも、こうして貴方に出会えて、救ってもらえました。その事については、純粋に凄く嬉しいです」
「僕も君みたいな美しい子と出会えて嬉しいよ。そこで一つ提案があるんだけど、君、行く当てがないなら、うちの邸で一緒に暮らさないか?」
〈終焉の厄災〉が完全体として復活するのを阻止するためにも、その〈贄〉となる彼女の事は、保護しておいた方がいい。
ただ、それだけじゃなく、身寄りのない彼女を放ってはいけないっていうのが先にあるんだけど。
「いいんですか? 私にとっては願ってもない申し出ですけど」
「ああ。多分、メイド見習いとして働いたりはしないといけなくなるだろうけれど、衣食住は保証するよ」
「では、そうします。貴方──デュアル様と一緒に暮らせるのは嬉しいです。この幸運に感謝を」
心からというように、祈りを捧げるみたいに両手を組んで目蓋を閉じた。
「僕の家族も、君の惜しくも亡くなってしまった両親と同じで、皆優しくて凄くいい人達だからね。きっと温かく迎え入れてくれる筈だよ」
安心させるように言う。
「はい。デュアル様の家族なら、きっと素敵な人達でしょうから」
嬉しい事を言ってくれるね。
そんな彼女には、早く僕の手料理振る舞ってあげたい。
きっと驚いて、そして喜ぶぞ。
「ただ、一つだけ約束して欲しい事があるんだ」
その前にこれだけ言っておかないと。
「何ですか?」
「僕が君を治療する為に使ったスキルの事は、皆には黙っておいて欲しい。それだけだよ」
「分かりました。絶対に他言しません」
§
「今度はハーフエルフのお嬢さんですか。デュアル君は、よく素敵な拾い物をしてきますね」
「デュアル君のおかげで我が家の家計は潤っているからね。メイドの一人や二人増えたところで何も問題はないよ。むしろ人手が増えて助かるね」
「レティシア、私はデュアルの姉のリノアよ。綺麗な銀髪と蒼眼ね。新しく増えた家族として、仲良くしたいわ」
思った通り、家族は皆レティシアを笑顔で温かく迎え入れてくれた。
こうして、レティシアは領主邸で、彼女の強い要望により、僕専属のメイド見習いとして雇われる事に。
それと、レティシアを鑑定してみた結果がこちら。
【名前】レティシア・フェアウェザー
【種族】ハーフエルフ
【性別】女
【年齢】126歳
【状態】正常
【LV】18
【HP】124
【MP】278
【ATK】45
【DEF】38
【INT】59
【AGL】53
【能力】植物魔法 魔:水 風 雷 闇
【称号】厄災の贄 風を纏う者
【加護】ユグドラシルの加護 邪神の加護
ハーフエルフだから、見た目は幼くても、実年齢は高いという事もあるかと思っていたけれど、やはりそうだったらしい。
レベルも高く、ステータスを見た限り、魔法剣士とか言ったタイプのようだ。
『風を纏う者』という称号からも分かるように、特に風魔法が得意らしいね。
固有スキルで、植物魔法を持っているのも面白い。
そのレティシアの希望で、彼女も僕とリノア姉さんと一緒に狩りにいく事になった。
頼もしい仲間が増えて、心強いばかりだ。




