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第9話 石鹸の完成 委託販売


 森の中でオーガロードと遭遇してから、一ヶ月以上の時間が流れた。


 あの後組まれた討伐隊。

 彼らがどれだけ森の中をくまなく探ってもオーガロードを見つけ出す事は出来なかった(僕が倒して異空間に死骸を収納しているんだから当然だ)。

 その為、既にどこか別の場所に移動してしまったんだろうという事で討伐隊は解散する事になった。


 従って、父さんに止められていた森への出入りも、その禁が解かれる事となった。


 という訳で、僕とリノア姉さんは、ここ数日続けて森に入ってモンスターを狩っている。

 おかげでその肉で食事が豪勢になって嬉しい限りだよ。


 後、森で出会い、僕の従魔になったエンシェントドラゴンのネビュラについて。

 あの子は、餌にモンスターの肉を与えられて、元気に過ごしている。

 僕がリノア姉さんと森に入っている間は、母さんの膝の上で丸まって眠るなどしているようだ。

 そこが大のお気に入りらしい。

 まだ生まれたばかりの赤ちゃんなので、甘えたい盛りなんだろう。



 そんな日々を過ごしている中で、ある物がようやく完成した。


 手作りの石鹸だ。


 あれから六週間程が経ち、よく熟成されているそれを試しに顔や手、髪などに使ってみた。


 すると、肌はしっとりとして潤いを保ち乾燥し難くなった。


 髪についても、使い心地は良好だ。

 石鹸で洗うだけだとパサパサになってしまうので、レモン汁を使ったリンスを作りそれを使ってすすぐ。

 すると、艶々になり、天使の輪が出来る程になった。



「デュアル、凄いわ! 髪を手で梳いても全然引っかからないで、すーっと通るの! こんな物を作るなんて、貴方天才ね!」

「お風呂で身体を洗う時に使うと、よく汚れが落ちて助かります。デュアル君は孝行者ですね」

「髭を剃るのにもいいね。肌に優しいよ」

「私は、芳香剤代わりに枕元に置いています。おかげで最近は寝つきがよくなりました」

「食器洗いに重宝させてもらっています」

「あの石鹸という物で手を洗うようになってから、しっとりすべすべです!」

 

 リノア姉さん、母さん、父さん、家令のアンセルさん、メイド長のミアさん、メイドのクロエから、口々に絶賛する言葉をもらえた。


 ちなみに、メイド長のミアさんは、四十代前半で、ミディアムのレイヤーボブヘアの落ち着いた感じの女性。


 クロエは、まだ十代前半で癖っ毛なショートヘアの元気があり余っている少女だ。

 よく仕事でミスをして、ミアさんに注意を受けている姿を見かけるドジっ子でもある。

 


 よしよし。

 思っていた以上によく出来ていて、僕も満足だ。


 イムルの街に配布しておいたチェスの評判も日に日に高まってきているみたいだし、この分なら、計画を先に進めてよさそうだな。



   §



 その日は、行商人のニコルさんが邸にやってきていた。


 彼は、まだ二十代前半ながら中々のやり手。

 町や村を行き来して、食料品や必要品などを売り歩いて回り、民衆からの高い評価を得ている。


 うちの邸にも定期的に訪れては、貴重な塩や胡椒、砂糖などの調味料、衣類や雑貨などを卸してくれるありがたい存在だ。

 今日は彼に紹介したい品々があるんだ。



「デュアル君、僕に見せたい物って何かな?」


 応接室に呼び出したニコルさんが、僕に尋ねた。


「これなんですけど」


 僕が差し出したのは、チェスと石鹸、それにリンスだ。


 この機会に売り込んで、委託販売してもらえればと考えている。


 仮に人気が出たら、すぐに模倣され、同じような商品が出回る事になるだろう。


 けれど、この世界にも特許というものがある。

 この〈黎明のエヴァンジル〉の世界観は、基本的に中世のヨーロッパがモデル。

 で、その時代に確立された特許制度も模倣して反映されているんだよね。

 商業ギルドに登録しておけば、それが制作して売れるごとに、登録者のギルドカードに利益の何割かが振り込まれるシステムになっている。

 上手くいけば、その特許料だけで一生食べていけるなんて夢物語も現実に。


 ただ、仮にそうなったとしても、僕は怠惰な生活を送るつもりはないけどね。

 それはとても美しくないから。


「見た事ない代物だね。何に使う物なんだい?」


 ニコルさんが、テーブルに置かれたそれらをまじまじと見つめながら聞いてきた。


「こっちはチェスと言って、互いの駒を奪い合って遊ぶゲームで、こっちは石鹸と言って、肌や髪を洗ったり、食器などを洗うのにも使えるものです。リンスは、石鹸で髪を洗った後にしっとりさせるための液ですね」


 僕は商品を手にとりながら説明した。


「へぇ、ゲームに、洗浄剤か。面白そうな品々だね。試してみてもいい?」


 興味を抱いてくれたらしく、そう問われた。


「どうぞ。それじゃあ、石鹸とリンスから使って見てください」


 僕はニコルさんを、洗面所に連れていき、そこで石鹸とリンスを使って、肌や髪を洗ってもらった。


「これはいいね! 肌はすべすべになるし、髪もごわつかずに艶が出ている!」


 期待通りのリアクションだ。どうやら使い心地に満足してくれたようだね。


 石鹸とリンスでニコルさんの心を掴んだ僕は、次にチェスで対戦してみる事にした。



 そして、開始から約一時間後──。


「僕の負けみたいだね。いやあ、しかし、これは面白いゲームだ。戦略性が高くて、ついのめりこんでしまう。それに、この精緻に象られた駒も綺麗で、蒐集家なんかの購買欲を刺激するだろう」


 ニコルさんが、スタントンスタイル(チェスの最も一般的なデザイン)の駒を手にとりながら言う。


「楽しんでもらえたようで何よりです」


 いい反応がもらえて、僕も満足だ。


「それで、これらの品を僕に見せたのは、何か意図があっての事なんだろう?」


 ニコルさんの、やり手の行商人としての目がキラリと光る。


「ええ。実はこれらを、ニコルさんに委託販売して欲しいんです」


 願望を伝えた。


「なるほど。そうして、売り上げの何割かをマージンとして受け取りたいと、そういう訳だね?」

「はい。話が早くて助かります」


 流石ニコルさん。名うての行商人だけあって、そいいうシステムにも精通しているらしい。


「分かった。その話にぜひ乗らせてもらうよ。これは確実に売れる」


 確信を持って告げられた。


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げて礼を言う。

 これで販売の方は安心して任せられるだろう。


「それで、委託販売するに当たって、一つ僕から提案したい事がある。これらの品は、一般向けとしてこのまま売る以外に、貴族向けとしてより高級感を出した品を作ってみてはどうだろう?」

「貴族向けですか?」


 それは考えてもみなかった。

 そう言えば、異世界もののファンタジー小説では、そういう販売戦略がとられたりもしていたっけ。

 商品を制作する事だけにかまけていて、すっかり失念していた。


「ああ。今はクルミの木で作られているらしいこのチェスの駒を大理石などで作ったり、ボードに貴族の家紋を入れるなどして、見栄を張りたい貴族の虚栄心を刺激するんだ。石鹸とリンスの方も、中身は同じでも、容器を凝った装飾にすれば、貴族の御婦人方の心を掴む事が出来るだろう」


 つらつらとアイデアを挙げていくニコルさん。


「確かに、それはいい考えですね。分かりました。装飾を入れたり容器を作ったりの工程は、僕の固有スキルで可能ですので、ニコルさんは必要な材料を仕入れてきてもらえませんか?」

「了解だ。これはまたとない大きな商機になりしうだなあ。もし王室御用達になるなんて事になったらどうしようか」


 と皮算用をする。


「気が早すぎますよ。先ずは地道に地盤固めからです」


 対して冷静な僕は、堅実な意見を述べた。


「デュアル君は落ち着いたものの見方をするねえ。考え方といい、こんな凄いアイデア商品を作り出す才能といい⋯⋯君、本当にまだ十歳の子供なの? 中身は大人だったりしない?」


 鋭いな。僕が前世と合わせると、ニコルさんの年齢を優に超えている事を見抜いている。

 と言っても、転生してる事までは流石に考えが及ばないだろうけれど。


「あはは。僕はまだ未熟な子供ですよ。ただ、意識を失った時に見た夢で得た知識を元に、あれこれやってみたってだけです」

「ふうん。夢で得た知識ねえ」


 ニコルさんは信じきれてはいない様子だけれど、その事について納得するまで相手をするつもりはない。


「それより、ニコルさんに聞きたい事があるんですけど、この国に、米や味噌、醤油と言ったものはありますか?」


 食生活はだいぶ改善されたけれど、やはり日本食が恋しくなるんだ。

 ほんのりとした甘みのあるお米と、出汁の効いた味噌汁のコクのある優しい味が懐かしい。


「それらなら、このガルシュタイン王国にはないけど、東方のイザナミという島国で作られていると聞いた事があるよ。それが必要なのかい?」


 これは僥倖。ニコルさんには心当たりがあるらしい。


「差し迫って──という訳じゃありませんけど、料理で使いたいんです」

「そう。じゃあ、難しいと思うけど、何とか仕入れる事が出来ないか、ツテを当たってみる事にしるよ」


 つくづくニコルさんは頼りになるなあ。彼とこうして繋がりを持ててよかった。


「お願いします」

「じゃあ、それについてはいいとして、僕もデュアル君に見せたい物があるんだ。とってくるから、ちょっと待っていてくれ」



 見せたい物ってなんだろう?

 色々と想像を膨らませながら待つ。



 しばらくして、応接室に戻ってきたニコルさんは、取っ手のついた細長い長方形のケースを携えていた。


「お待たせ。デュアル君は、これを知っているかな?」


 開かれたケースの中には、一挺 いっちょう

 のヴァイオリンが収められていた。


(懐かしい。この世界にもあったんだな)


「これは、ヴァイオリンという弦楽器ですね」

「よく知っていたね。没落した貴族が趣味で集めていたものを売りに出していたところを購入したんだけど、弾ける人が少ないから、中々買い手が見つからなくてね。張り替える為の弦も何本かあるし、教則本もついてるから、デュアル君が興味を持つようなら、プレゼントしてあげるよ」

「いいんですか? でも、高価な品なんじゃ⋯⋯」


 願ってもない事だけど、このヴァイオリン、見たところかなりの名器なんじゃないだろうか。

 それこそ、現代の地球で言う、ストラトヴァリウスやデル・ジェスなどに並ぶような。


「なあに。チェスや石鹸何かが売れれば、そんなの端金に思えるくらいの儲けが出るんだ。それに、楽器は使われてこそだからね。こいつもそれを望んでいるだろうから、遠慮せずに受け取ってよ」


 太っ腹なニコルさんが、気前よく言う。


「ありがとうございます。じゃあ、大事に使わせてもらいますね」


 僕はその気持ちを汲んで、譲り受ける事にした。


「うん。上手に弾けるようになったら、僕にも聞かせてね」

「はい。そうさせてもらいます」


 実は前世では、僕は幼少時からヴァイオリンを習っていた。

 コンクールに出場した経験もあり、その腕前にはちょっとした自信をもっている。


 ただ、いきなり上手に弾いたら怪しまれるだろう。

 皆の前で演奏を披露するのは、だいぶ時間が経ってからにする事にしようか。

 それまでは、庭の誰にも聞こえない離れで練習だな。





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