第九十九話 「知りたくない答え」
手術は成功した。
竹彦は回復室のベッドで静かに眠っている。点滴が規則正しく落ち、モニターが安定した生命反応を示していた。
「よくやってくれた」
カーカラシカの技官長が、深々と頭を下げた。
「あなた方のおかげで、基地は守られました」
「当然のことをしたまでや」
アスカがにんまりと笑った。
「多少の犠牲は出たけど、バッチリ仕事したな!」
そう言って、全員でハイタッチを交わした。パシン、パシンと景気のいい音が響く。
「最高だったぜ!」
キヨシも興奮冷めやらぬ様子だった。宇宙での初戦闘を生き延びた達成感に浸っている。
京介も満足そうに頷いた。
「確かに、いい仕事だった」
マリアは相変わらず無表情だったが、よく見ると頬がほんのりと紅潮していた。
「私の準備のおかげ」
小声で呟く。自分の判断が正しかったことに、内心では相当喜んでいるようだった。
山口とサヤカ、二宮も安堵の表情を浮かべていた。
「みんな無事でよかった」
「竹彦も大丈夫そうだし」
その頃、廊下ではニーナとラムザが向き合っていた。
「何をした?」
ニーナの声は低く、震えていた。弟が医師に何か指示を出していたのを見逃さなかった。
ラムザは一瞬目を逸らしたが、すぐに姉を見据えた。
「必要な検査です」
「必要な検査?」
「はい」
しばらくの沈黙の後、ラムザは続けた。
「検査結果は一週間後です」
その言葉に、ニーナの顔が青ざめた。
「やめて」
掠れた声で言った。
「真実など、今更知りたくない」
普段は枯れたように静かな心が、異常に乱れていた。手が震え、呼吸が浅くなる。長年感じたことのない、激しい動揺だった。
「姉上……」
「お願い、やめて」
ニーナは両手で顔を覆った。
「もし、もしあの子が本当に……」
言葉が続かなかった。
もしメルだったら。十六年も放置して、苦しませて、そして自分の手で切り刻んだ。その事実と向き合う覚悟など、ない。
「知らない方がいいこともある」
ニーナは震え声で言った。
「このまま、他人として……」
ラムザは複雑な表情で姉を見ていた。検査を止めることはもうできない。サンプルは既に分析機にかけられている。
その時、回復室から声が聞こえてきた。
「マリアさん、ひどい!」
竹彦が目を覚ましたようだった。ベッドの上で起き上がろうとして、傷が痛んだのか顔をしかめている。
「勝手に麻酔なんて打って!」
マリアは竹彦のベッドサイドに立っていた。
「竹彦はバカ」
呆れたような声で言った。
「こんなところで何かするわけない。被害妄想」
「でも……」
「カーカラシカは敵じゃない。今は味方。理解して」
竹彦は不満そうに頬を膨らませた。
「信用できません」
「子供」
マリアの一言に、竹彦はさらにむくれた。
アスカが笑いながら近づいてきた。
「まあまあ、無事でよかったやん」
「それに」
キヨシが申し訳なさそうに言った。
「俺を庇ってくれて、ありがとう」
竹彦は照れたように視線を逸らした。
「別に……当然のことです」
皆が和やかに話している中、ニーナだけは廊下で立ち尽くしていた。
一週間後。
検査結果が出る。
それまでの時間を、恐怖と共に過ごさなければならない。真実を知ることへの恐怖。知らないままでいることへの苦悩。
月面基地での残りの滞在期間、そして地球への帰還。すべてが、重い鉛のような時間になることが分かっていた。
ラムザが姉の肩に手を置いた。
「姉上、結果が出たら……」
「聞きたくない」
ニーナは首を振った。
「でも、聞かずにはいられない」
矛盾した感情が、彼女を苦しめていた。
竹彦の笑い声が、回復室から聞こえてくる。仲間たちと楽しそうに話している。
その声を聞きながら、ニーナは思った。
もし、あの笑い声が、本当に息子のものだったら。
答えは、一週間後に分かる。
それが、救いになるのか、地獄になるのか。




