第九十八話 「真空の激戦」
真空の宇宙空間で、奇妙な戦いが繰り広げられていた。
月の重力は地球の六分の一。推進装置を使って飛び回る感覚は、まるで夢の中のようだった。音のない世界で、ビーム兵器の光だけが交錯する。
「うわあああ!」
キヨシが叫んだが、もちろん誰にも聞こえない。通信機からは仲間の声が聞こえてくるが、自分の悲鳴は宇宙の静寂に吸い込まれていく。
バンディットの鳥頭たちは、慣れた様子で攻撃してきた。彼らの動きは流麗で、明らかに宇宙戦闘のベテランだった。
『キヨシ、後ろ!』
マリアの声が通信機から響いた。
振り返ると、巨大な鳥頭が超重量級のビームガンを構えていた。その銃口は、まっすぐキヨシに向けられている。
避けようとしたが、間に合わない。低重力での動きはまだ慣れていない。
その瞬間、竹彦が横から飛び込んできた。
「危ない!」
キヨシを突き飛ばす。そして、代わりに竹彦の脇腹にビームが直撃した。
宇宙服を貫通し、肉を焼く。血が球状になって宙を漂い始めた。低重力と真空の中では、血液も不思議な動きをする。
『竹彦!』
京介の声が響いた。
竹彦は苦痛に顔を歪めたが、すぐに体勢を立て直した。そして、反撃のビームを放つ。鳥頭の一体が吹き飛んだ。
『大丈夫か!』
アスカが心配そうに尋ねる。
『平気です!』
竹彦の声は強がっていた。明らかに重傷なのに、戦闘を続けている。
マリアが冷静に指揮を執った。
『アスカは右から、京介は左から。挟み撃ち』
『了解や!』
『分かった』
見事な連携で、バンディットたちを追い詰めていく。キヨシも必死に援護射撃をした。
月面の地表すれすれを飛び回りながらの戦闘は、まるでSF映画のワンシーンのようだった。ただし、これは現実で、失敗すれば死ぬ。
十五分ほどの激戦の末、ついにバンディットたちは撤退を始めた。
『逃げていくぞ!』
キヨシが叫んだ。
三隻の海賊船は、エンジンを全開にして月の地平線の向こうへ消えていった。
『やった……勝った!』
しかし、喜びも束の間。竹彦の様子がおかしい。
基地に戻ると、竹彦の宇宙服から大量の血が流れ出ていた。応急処置で穴は塞いだが、内部の出血は止まっていない。
「竹彦、ごめん!」
キヨシが必死に謝った。
「俺を庇って……」
「全然平気です!」
竹彦は意地を張った。顔は青白いのに、笑顔を作ろうとしている。
「この程度、何でもない」
医療室へ運ばれそうになると、竹彦は突然暴れ始めた。
「嫌だ! 医療室なんて行かない!」
「何言ってるの」
山口が困惑した。
「治療しないと……」
「カーカラシカの連中は信用できない!」
竹彦の目には、明らかな恐怖があった。一週間の記憶が蘇っているのだろう。
「麻酔なんてもってのほか! また何されるか……」
パラノイアが完全に出ていた。理性では分かっているのだろうが、体が拒否反応を示している。
「絶対に嫌だ!」
必死に抵抗する竹彦。血がどんどん流れ出ているのに、治療を拒否している。
その時、マリアが竹彦の背後にこっそりと近づいた。そして、ポケットから取り出した注射器を、素早く竹彦の首筋にプスリと刺した。
「うっ!」
強力な麻酔薬が一気に注入される。雑で乱暴なやり方だったが、効果は抜群だった。
竹彦の体から力が抜けていく。
「マリア……」
恨めしそうな声を出したが、すぐに意識を失った。崩れ落ちる竹彦を、京介が受け止めた。
「バカを大人しくさせた」
マリアが淡々と言った。
「医療室へ」
「マリアちゃん無茶苦茶するわね…」
急いで竹彦を運ぶ。カーカラシカの医師たちが待ち構えていた。
「すぐに手術を始めます」
医師長が宣言した。
手術台に乗せられた竹彦は、完全に眠っている。麻酔で深い眠りに落ちていた。
ラムザが医療室に入ってきた。そして、医師長に近づいて小声で何か話している。
「検査?」
医師長が聞き返した。
「あぁ、またとない機会だ」
ラムザは平静を装っていたが、心の中では葛藤があった。でも、この機会を逃せば、もう二度とチャンスはない。
「内臓の健康な部位から、DNA検査用の試料を採取してくれ」
「分かりました」
医師長は特に疑問を持たなかった。負傷者の詳細な検査は、当然のことだ。
手術が始まった。竹彦の脇腹の傷を縫合しながら、同時に組織のサンプルが採取されていく。




