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第九十四話 「月への定期便」


 定期便の搭乗口は、思いのほか簡素だった。まるで普通の飛行機に乗るような感覚で、一行は宇宙船へと乗り込んでいく。


「宇宙船だぜおい!」


「いつも乗ってるでしょ…」


「いや! あれは宇宙船じゃねえよ! 意味わかんねえ空飛ぶ車!」


「竹彦はロマンがない」


 キヨシと竹彦がなんやかんや話していた。竹彦は絶対に事務所にある車のほうが早いと繰り返していって、そのたびに仲間からから揶揄われていた。内装は意外にも落ち着いていて、高級旅客機のような雰囲気だった。

 ニーナとラムザは最後に乗り込み、離れた席に座った。二人の視線は、自然と竹彦に向かう。

 ラムザは姉の隣に寄り、小声で話しかけた。


「姉上も……感じているでしょう」


 ニーナは黙って頷いた。


「死んだ姉の夫、ガランに似ている。いや、似すぎている」


 ラムザの声には困惑が滲んでいた。


「そして、あの姉の息子……死んだメルに、相当似ている。年齢も、ちょうど合う」


 ニーナは震える声で尋ねた。


「遺伝子情報が無事な部分は……ないのか?」


 ラムザは少し考えてから答えた。


「まあ、重要な臓器……脳や、比較的健康な部分を丁寧に調べれば、あるいは……」


 二人が同時に竹彦の方をチラッと見た。

 竹彦はすぐに気づいた。マリアから奪い返した赤い帽子を深く被り直し、身を固くする。まるで「もう騙されないぞ」と言わんばかりに、グッと椅子の肘掛けを握りしめていた。

 その警戒心の強さに、ラムザは苦笑した。


「脳を調べさせろと言っても、もう絶対に聞かないでしょうな……」


「一週間もあんな扱いをした後では…」


 ニーナは複雑な表情を浮かべた。心の奥底では、むしろ直感が外れていて欲しいという気持ちさえあった。もし本当にメルだったら……あの地獄のような一週間、自分は実の息子を……

 考えるだけで、胸が張り裂けそうだった。

 その頃、若者たちは興奮気味に話していた。


「なんか、こうして説明を聞いた後に船に乗ってると、すごい感動があるな」


 キヨシが窓の外を眺めながら言った。発射台が見え、技術者たちが最終チェックをしている。


「わかる!」


 サヤカが身を乗り出した。


「いつも奇天烈な宇宙人のサービスを、訳もわからず利用してたけど……」


 彼女の目はキラキラと輝いていた。


「今、私たち、全部地球産のものに乗ってるわけよね! 地球人が作った宇宙船で、地球人の技術で月に行くんだよ!」


「すごいよね」


 二宮も珍しく興奮していた。普段ののんびりした表情が、少女らしい好奇心に満ちている。


「歴史の瞬間に立ち会ってる感じ」


 山口も窓に張り付いていた。


「これ、後で自慢できるよね。私、地球初の定期便で月に行ったって!」


 竹彦だけは冷めていた。


「別に、どんな方法でも変わらないと思います」


 彼は肩をすくめた。


「月に行くことに変わりはないし、空飛ぶ車の方が速いし……」


「バカは黙ってて」


 マリアが即座に切り捨てた。


「ひどい!」


 竹彦が抗議した。頬を膨らませて、子供のような表情を見せる。


「僕、別に間違ったこと言ってないじゃないですか!」


「情緒がない」


 マリアは淡々と言った。


「これは技術の問題じゃない。象徴の問題」


「象徴?」


「人類が自力で宇宙に出る第一歩。それに立ち会える」


 マリアの声に、珍しく感慨が込められていた。

 アスカが笑いながら竹彦の肩を叩いた。


「まあまあ、竹彦はもう宇宙慣れしとるからな。ウチらみたいな新参者の気持ちは分からんやろ」


 京介も頷いた。


「確かに、君にとっては日常かもしれないが、我々にとっては特別な瞬間だ」


 サムライたちも、それぞれ感慨深げに船内を見回していた。


「地球も、ついにここまで来たか」


 マサヨシが呟いた。


「いや、正確にはカーカラシカだがな」


 キヨタカが苦笑した。


「でも、いずれ日本も……」


 船内アナウンスが流れた。


『間もなく出発いたします。シートベルトをお締めください』


 全員が慌ててベルトを締める。竹彦も渋々従った。

 エンジンの振動が伝わってくる。ゆっくりと船体が動き始めた。


「おお……」


 キヨシが息を呑んだ。

 窓の外の景色が流れ始める。加速していく。そして……


「浮いた!」


 山口が歓声を上げた。

 地球が、少しずつ小さくなっていく。青い惑星が、宇宙の闘の中に浮かんでいる。


「きれい……」


 二宮が呟いた。

 竹彦も、窓の外を見ていた。何度見ても、地球は美しい。でも、今は複雑な気持ちだった。

 ニーナとラムザは、まだ竹彦を見ていた。

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