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第九十二話 「和解の時」



 バビロン皇居前に黒塗りの車が数台停まっていた。運転手が恭しく扉を開け、一行を中へと案内する。竹彦は赤い帽子を深く被り、緊張した面持ちで車に乗り込んだ。

 皇居の門をくぐると、そこには異世界のような光景が広がっていた。古代メソポタミアの建築様式と、最先端の技術が融合した不思議な空間。螺旋状に天へと伸びる塔、宙に浮かぶ庭園、光る水路。どれも地球では見たことのない建築物だった。


「すげぇ……」


 キヨシが思わず呟いた。サムライたちも、その壮麗さに息を呑んでいる。


「まるで、おとぎ話の世界だな」


 山口が目を輝かせながら周囲を見回していた。サヤカも二宮も、珍しく言葉を失っている。

 案内役の侍従が、長い回廊を先導していく。壁には古代の壁画と、最新のホログラム映像が交互に映し出されていた。カーカラシカの歴史と未来が、同時に存在している空間。

 竹彦だけは、周囲の景色を見る余裕がなかった。胸の鼓動が早まっている。あの恐怖の一週間を過ごした場所に、また来てしまった。

 やがて、巨大な扉の前で一行は止まった。


「こちらでございます」


 侍従が扉を開くと、広大な謁見の間が現れた。

 中央には、カーカラシカの皇族たちが待っていた。ニーナ女帝を中心に、ラムザ、セツナ、そして先日竹彦が倒した戦士たちも並んでいる。皆、緊張した面持ちだった。

 空気が張り詰めた。

 竹彦は深呼吸をして、前に進み出た。そして、ゆっくりと赤い帽子を脱いだ。ジャミルたちからもらった大切な帽子を、胸に添える。

 そして、深く頭を下げた。


「この度は……申し訳ありませんでした」


 声は震えていたが、はっきりと響いた。


「皆様に多大なご迷惑をおかけしました。特に……怪我をさせてしまった方々に、心から謝罪します」


 皇族たちは顔を見合わせた。まさか、あの化け物が素直に謝るとは思っていなかった。

 ラムザが前に出た。腕にはまだ包帯が巻かれているが、表情は穏やかだった。


「七夕竹彦」


 名前を呼ばれて、竹彦は顔を上げた。


「我々も、君に謝らなければならない」


 意外な言葉に、竹彦は目を見開いた。


「我々のエンジニアが産業スパイをしていたことは事実だ。それに対して、過酷すぎる処置をしてしまった」


 ラムザは続けた。声に後悔が滲んでいる。


「把握した時点で、もっと冷静に対処すべきだった。外交ルートで解決する方法もあったのに、我々は力に頼った。大事にならない方法はいくらでもあったはずだ」


 ドゥムジも頷いた。


「拘束の状態にも、大いに問題があった」


 彼の声も震えていた。


「一週間、あのような非人道的な扱いをして……人間として扱わなかった。それは、どんな理由があっても許されることではない」


 ニーナが静かに口を開いた。


「あなたが、あの時手を止めてくれたから」


 その声は掠れていたが、真摯な響きがあった。


「我々は生きている。ラムザも、アンドラも、皆生きている。あなたには、我々全員を殺す力があった。でも、止めてくれた」


 竹彦は俯いた。確かに、あの時は本気で皆殺しにするつもりだった。でも、仲間が生きていると知って、その怒りは消えた。


「君の謝罪は、確かに受け取った」


 ラムザが言った。


「そして、我々も心から謝る。許してくれないか」


 謁見の間に、静寂が流れた。

 日本側の一同は、息を詰めて見守っている。マリアも、京介も、アスカも。皆が固唾を呑んでいた。

 竹彦はゆっくりと顔を上げた。その目には、もう怒りはなかった。


「僕も……許してもらえますか?」


 小さな声だった。まるで、迷子の子供のような。


「街を壊して、皆さんを傷つけて……本当にすみませんでした」


 セツナが前に出てきた。彼女も複雑な表情をしていたが、意を決したように口を開いた。


「私も謝る」


 金髪を揺らしながら、頭を下げた。


「聖火祭で、あんな挑発をして。それに……捕まっている時のことを揶揄したり……最低だった」


 竹彦は驚いて、セツナを見た。


「もう、お互い様ってことで、いいんじゃない?」


 セツナは照れくさそうに言った。

 ラムザが手を差し出した。


「握手をしよう。新しい関係の始まりとして」


 竹彦は一瞬躊躇したが、その手を握った。ラムザの手は、思ったより温かかった。


「ありがとうございます」


 会場の空気が、少しずつ和らいでいく。


「よかった……」


 山口が小声で呟いた。涙ぐんでいるようだった。


「まじで戦争になるかと思った」


 キヨシも安堵の息を漏らした。

 アスカは大きく伸びをした。


「まあ、丸く収まってよかったやん」


 マリアは相変わらず無表情だったが、その目には安堵の色があった。

 トニー所長も、ほっとした表情を浮かべていた。これで、事務所も安泰だ。

 サムライたちも、緊張から解放されたように肩の力を抜いた。

 竹彦が安堵の息をついて、赤い帽子を被り直そうとした時、侍従の一人が慌てて前に出た。


「あの、申し訳ございませんが、皇居内では帽子はお取りいただくのが決まりでして……」


 竹彦は笑顔で答えた。


「嫌です」


 その一言に、場の空気が凍りついた。


「え?」


 侍従が困惑した。ラムザも眉をひそめた。せっかく和解したばかりなのに、また険悪な雰囲気になりかけている。


「これは友達からもらった大切なものなので」


 竹彦は帽子を押さえながら、頑なに言った。


「取りません」


 微妙な緊張感が謁見の間に流れた。カーカラシカの皇族たちは顔を見合わせ、日本側は冷や汗をかき始めた。


「竹彦……」


 トニー所長が困ったような声を出した。

 その時、マリアがスッと前に出た。そして素早い動きで、竹彦の帽子を奪い取った。


「あっ!」


 竹彦が慌てて取り返そうとすると、マリアは彼の頭をポカリと叩いた。


「規則は規則」


 冷たい声で言い放つ。


「友達も、あなたが仕事で失敗することは望まない」


 竹彦は頭をさすりながら、不満そうに頬を膨らませた。まるで子供のような仕草だった。


「でも……」


「後で返す」


 マリアは帽子を丁寧に畳んで、自分のバッグにしまった。

 場の緊張が少し和らいだ。ニーナが小さく咳払いをした。


「では、月面基地の案内をしよう」

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