第九十一話 「友達からの贈り物」
ゲームセンターの外で、ジャミルたちがアイスクリームを買ってきた。バニラとチョコレートの素朴な味。竹彦は遠慮しようとしたが、押し付けるように渡された。
「いいから食え。友達だろ?」
その一言に、竹彦の胸が熱くなった。友達。いつぶりに聞いた言葉だろう。
ベンチに座って、アイスを舐めながら、竹彦は自分のことを話し始めた。半分は嘘、半分は本当。
「俺、元々孤児なんだ」
これは本当だった。
「学校を出たら、もう仕事をしないといけなくて」
これも本当。
「仕事の関係で、こっちに来た」
ここからは少し嘘が混じる。
「今から、なんか大人と仕事の話で面会しないといけなくて……すごく不安なんだ」
これは完全に本当だった。ニーナとの面会を思うと、胃が締め付けられるような気持ちになる。
不良たちはしみじみと聞いていた。ハッサンが大きくため息をついた。
「俺なんて、母親にどやされるのが嫌で逃げ回ってるだけだぜ。勉強できないから学校もクビになっちまったし」
サイードも頷いた。
「ガラドは頑張ってんだな。孤児で、それでも仕事して……偉いよ、お前」
「そんなことない」
竹彦は首を振った。自分が偉いなんて、とんでもない。人を殺し、街を破壊し、恐怖をまき散らしてきた自分が。
ジャミルが立ち上がった。
「おい、ちょっと待ってろ」
そう言って、首から下げていた銀色の首飾りを外した。安物だが、丁寧に磨かれている。
「これ、やるよ」
「え?」
サイードも自分の帽子を脱いだ。赤い、少しくたびれた野球帽だった。
「これも」
ハッサンは指から不良っぽい髑髏の指輪を外した。
「俺のも持ってけ」
竹彦は慌てた。
「いや、こんなのもらって悪いよ」
「日本人みたいなこと言うなよ」
ジャミルが笑った。
「お前、なんか日本人っぽいとこあるよな。遠慮とか、礼儀正しいとか」
竹彦は内心ドキッとしたが、表情には出さなかった。
「友達からのプレゼントだ。面接頑張れよ!」
三人は竹彦に飾り物を身に着けさせた。赤い帽子を被せ、首飾りをかけ、指輪をはめる。
「うん、似合ってる」
「不良っぽくなったな!」
「これで大人もビビるぜ!」
竹彦は鏡を見た。確かに、いつもと違う自分がそこにいた。少しワルっぽくて、でもどこか可愛げのある、普通の少年。
「俺たち、いつもここら辺にいるから」
ジャミルが肩を叩いた。
「いつでも遊ぼうぜ。今度はお前がアイス奢れよ」
「お前はまた会った時に、何かくれればいい。忘れるなよ、ガラド」
ハッサンが拳を突き出してきた。竹彦も拳を合わせた。
「ありがとう……本当に」
声が震えそうになった。人生で初めてかもしれない。こんな風に、普通の友達として受け入れられたのは。
手を振りながら別れた後、竹彦の足取りは驚くほど軽かった。心も軽い。まるで、重い荷物を下ろしたような感覚。
赤い変な帽子、安い首飾り、変な髑髏の指輪。どれも高価なものではない。でも、竹彦にとっては宝物だった。
待ち合わせ場所に着くと、事務所のメンバーが既に集まっていた。
「おお、来よったか!」
アスカが大きく手を振った。
「ふけたかと思ったで! どこ行っとったんや」
竹彦の格好を見て、全員が固まった。いつものシンプルな服装に、明らかに不釣り合いな飾り物の数々。
マリアが眉を顰めた。
「それは……外して」
冷たい声だった。明らかにダサい、安物の飾り。面会にはふさわしくない。
「いやです」
竹彦は笑顔で答えた。いつもの丁寧だが硬い笑顔ではない。心からの、本当の笑顔だった。
「さっき、街の少年団にもらいました! 大切な贈り物なんです」
その表情に、皆が驚いた。昨日までの暗い顔はどこへ行ったのか。
「少年団?」
山口が首を傾げた。
「地元の子たちと友達になったの?」
「はい! ガラドって名前で」
竹彦は嬉しそうに話した。
「ゲームセンターで遊んで、アイス食べて、色々話して……」
キヨシは着替えてスーツ姿になっていた。他のメンバーも、それなりにフォーマルな格好をしている。竹彦だけが、カジュアルな格好に変な飾り物という出で立ちだった。
「まあ、いいんじゃない?」
サヤカが微笑んだ。
「竹彦、なんか楽しそうだし」
二宮も頷いた。
「昨日と全然違う。いいことあったんだね」
歩き始めると、案の定、観光客が竹彦に道を尋ねてきた。完全に地元の少年だと思われている。
しかし今度は、竹彦は嫌な顔をしなかった。むしろ親切に、丁寧にカーカラシカ語で道案内をした。
「ありがとう、坊や」
老夫婦が笑顔で去っていく。
「どういたしまして」
竹彦も笑顔で手を振った。
「なんか、機嫌治ったみたいね」
山口が小声でキヨシに囁いた。
「つーか、別人みたいだな」
キヨシも驚いていた。
「昨日のあの暗い顔が嘘みたい」
京介が優しい目で竹彦を見ていた。
「きっと、必要な出会いだったんだろう」
トニー所長も安堵の表情を浮かべた。
「これなら、面会も何とかなりそうですね」
しかし、セツナだけは複雑な表情をしていた。竹彦の変化を見て、何か思うところがあるようだった。
「どうしたの?」
ユキヒメが娘に尋ねた。
「別に……」
セツナは小さく呟いた。
「ただ、あいつが笑ってるのが、なんか……変な感じ」
一行は月面基地へ向かう特別便の発着場へと歩いていく。竹彦は赤い帽子を被り、首飾りを揺らしながら、軽い足取りで進んでいた。
マリアはまだ眉を顰めていたが、何も言わなかった。竹彦の表情を見て、今は黙っていることにしたようだった。
「ねえ、ガラドって何?」
歩きながら、山口が尋ねた。
「僕の新しい名前です」
竹彦は嬉しそうに答えた。
「友達がそう呼んでくれるんです」
友達。その言葉を口にする度に、竹彦の顔が明るくなった。きっと、この贈り物と共に、大切な何かを受け取ったのだろう。
空は青く澄み渡り、カーカラシカの太陽が優しく照らしていた。




