第八十九話 「化け物の調査」
カーカラシカ宮殿の会議室は、重苦しい空気に包まれていた。円卓には皇族たちが集まり、一つの議題について真剣に話し合っている。
「あの少年の正体を、きちんと調べる必要がある」
ラムザが包帯を巻いた腕をさすりながら言った。骨折は治りつつあるが、まだ完全ではない。
「見た目からすると、まず間違いなく我が国の出身だろう。褐色の肌、赤い瞳。典型的なカーカラシカ人の特徴だ」
ドゥムジが頷いた。彼もまだ体のあちこちが痛む。
「捕まえている時にそう思って調べたんだがな。遺伝子検査もしたが……」
「どうだった?」
ニーナが静かに尋ねた。彼女の腹部にはまだ包帯が巻かれている。
「体がボロボロすぎて、よく分からなかった」
医療班の責任者が報告書を読み上げた。
「遺伝子情報に激しい損傷がある。おそらく放射能か、塩化爆弾の影響だろう。片肺しかないし、内臓のいくつかも正常に機能していない。なんでそんな体で長い間生きているのか、医学的には説明がつかない」
「宇宙人の可能性は?」
イシュタル家のエンキドゥが提案した。
「ヒューマンタイプという系統がある。地球人類に似た宇宙人は珍しくない。カーカラシカ人に似ている種族もあり得る」
マルドゥクが苦い顔をした。彼はまだ肋骨が痛む。
「宇宙人だろうが何だろうが、あいつは化け物だ。カーカラシカの皇族という、エリート中のエリートを全滅させかけた」
「そうだな」
ラムザがため息をついた。
「何か情報が欲しい。銀河連盟の準加盟星になったことだし、データベースにアクセスできるはずだ」
技術者が端末を操作し始めた。銀河連盟の膨大なデータベースが画面に表示される。七夕竹彦の名前を入力すると、恐ろしいほどの情報が出てきた。
「これは……」
全員が息を呑んだ。
『SS級指名手配犯:七夕竹彦』
『別名:メル(未確認)』
『戦士連盟0級(銀河で5名のみ)』
続いて、戦歴が表示された。
『ベガ星系第三艦隊壊滅(単独)』
『惑星クロノスの独裁者軍団全滅(推定5万人)』
『巨大生物ヴォルムを体内から破壊』
『白い林檎教団壊滅(推定数万人)』
リストは延々と続いた。破壊、殺戮、壊滅。どれも信じがたい規模の戦闘記録だった。
「正直……」
ティアマトが震え声で言った。
「あそこで殺されなかったのは、運が良かったんだな」
ニーナが頷いた。
「あの時の銀河連盟の担当者の話が正しかった。『すぐに逃げろ』『全員殺される』という警告は、大げさではなかった」
シャマシュが現実的な意見を述べた。
「問題は、今後どうするかだ」
「とりあえず」
ラムザが提案した。
「呼んだのは、あのばかげた化け物のご機嫌を取った方がいいという判断からだ」
皆が苦笑した。プライドの高いカーカラシカ皇族が、一人の少年にご機嫌を取るという状況。しかし、現実は厳しかった。
「今、日本も世界も脅威ではない」
ナブ・アヘが分析した。
「我々の圧倒的な科学力があれば、戦争が起きても制圧できる。宇宙競争にも勝った」
「しかし」
彼の表情が曇った。
「あの化け物が空飛ぶ車でやってきたら、首脳たちを守る手立てはない。皇族でもどうにもならない」
沈黙が流れた。全員が同じことを考えている。
セツナが小さく呟いた。
「でも……私たちがしたことを考えると……」
彼女は指を折りながら数えた。
「一週間、体も洗わせず、飯も食わせず、金属のマスクと拘束具をつけて、微動だにさせず、眠らせず、トイレにも行かせなかった」
「仲間を殺されたと思い込ませた」
ドゥムジが付け加えた。
「その怒りで襲ってきた時には、全身ナマズ斬りにした」
アンドラが続けた。
全員が顔を見合わせた。
「ここから仲良くなれる方法とか……あるんだろうか」
ラムザの問いに、誰も答えられなかった。
ニーナが立ち上がった。
「とにかく、明日会う。誠意を持って謝罪し、和解の道を探る」
「謝罪?」
マルドゥクが驚いた。
「我々が謝るのか?」
「他に方法があるか?」
ニーナの声は冷静だった。
「彼を敵に回したままでは、カーカラシカの未来はない。銀河連盟に加盟しても、いつ復讐されるか分からない恐怖と共に生きることになる」
ラムザが頭を抱えた。
「でも、どうやって謝罪すればいい? 『すみません、一週間拷問しました』って?」
「まずは生きていることを喜ぼう」
エンキドゥが皮肉を込めて言った。
「普通なら、我々は全員死んでいた」
その夜、カーカラシカの皇族たちは、それぞれ明日の面会について考えていた。
化け物と呼ばれる少年と、どう向き合えばいいのか。謝罪で済むのか。それとも、さらなる惨劇が待っているのか。
月が昇る頃、ホテルでは竹彦が布団にくるまって眠っていた。




