第八十五話 「勝者の招待」
竹彦が治療ポッドで眠り続けて三日目、アマガワ事務所に一通の正式な招待状が届いた。
「月面基地への招待?」
トニー所長が豪華な封筒を開きながら首を傾げた。カーカラシカの紋章が刻まれた純白の紙には、流麗な文字で招待の言葉が記されている。
「アンナム・ファミリー様、並びに日本国サムライの皆様へ。我がカーカラシカ国は、近日中に銀河連盟への正式加盟を果たす運びとなりました。つきましては、太陽系の新たな門出を共に祝うため、月面基地へのご招待を……」
マリアが文面を読み、小さく頷いた。
「勝利宣言」
「え?」
山口が聞き返した。
「これは勝利宣言。カーカラシカが太陽系代表になることの通告」
マリアは冷静に分析を始めた。
「もうロケット発射は現実的。今から設計図を盗んでも無駄。銀河連盟に到達すれば、太陽系代表はカーカラシカ。そうなれば、銀河連盟のオープンソースに地球全体がアクセス可能になる。技術の規制に意味がなくなる」
「つまり、もう隠す必要がないってことか」
京介が理解した表情を見せた。
「むしろ、地球全体を統括する立場として、各勢力を取り込もうとしている」
「賢いやり方」
マリアが感心したように言った。
「戦うより、協力者にした方が効率的」
キヨシが大きくため息をついた。
「まあ、もう、カーカラシカの一番手の子分になるって決めた方が楽かもなあ」
そして苦笑しながら続けた。
「結局ニホンは、先に鞍替えしたキモン家の一人勝ちってわけね」
「どうせ数十年もしたら、銀河の大きさに全部曖昧になる」
マリアが淡々と言った。
「今だけの小さい争い」
アスカが大きく伸びをした。
「ウチらアンナムとしては、断る理由ないな。そんな強くて賢いカーカラシカ様のご招待には、ぜひあやかりたいわ」
「完全に鞍替えやん」
サヤカが笑った。
「でも、まあ仕方ないよね。勝ち馬に乗るのが一番」
その時、事務所のドアが勢いよく開いた。
「失礼しまーす!」
セツナが大きな声で入ってきた。金髪を揺らし、赤い瞳を輝かせながら、得意満面の表情を浮かべている。
「聞きましたよ! 月面基地への招待!」
セツナは胸を張って歩き回った。
「やっぱりキモン家が正しかったでしょう? 最初からカーカラシカと組んでいた私たちの先見の明! これで日本の中でも、うちが一番の功労者ってわけです!」
「はいはい、すごいすごい」
二宮がニコニコしながら相槌を打った。
セツナはさらに調子に乗って続けた。
「これからは、キモン家を通じてカーカラシカと交渉することになるでしょうね。まあ、私が間に入ってあげてもいいですけど?」
その時、地下への階段から足音が聞こえてきた。
「あ、竹彦さん、様子を見てきました」
モリーが現れた。
「まだ眠ってますが、回復は順調で……」
竹彦の名前を聞いた瞬間、セツナの顔色が変わった。
「う、うっ……」
さっきまでの威勢はどこへやら、急にしょぼしょぼと視線を下げる。肩も小さくなり、明らかに怯えている。
「へいへい、ビビってんのー?」
サヤカがニヤニヤしながら煽った。
「な、何を!」
セツナが顔を真っ赤にして反発した。
「そ、そんなわけないでしょ! 私は別に、あの化け……じゃなくて、竹彦なんて怖くも何とも……」
「じゃあ、一緒に様子見に行く?」
サヤカが意地悪な笑みを浮かべた。
「治療ポッドで寝てるだけだから、安全だよ?」
「い、今は忙しいから!」
セツナは慌てて言い訳をした。
「月面基地の準備とか、色々あるし!」
アスカが笑いながら言った。
「まあ、無理もないわな。あんだけボコボコにされたら、トラウマにもなるわ」
「ボコボコじゃない!」
セツナがムキになった。
「あれは……あれは不意打ちだったから! 本気を出せば……」
「本気出して負けたやん」
「うぐっ……」
セツナは言葉に詰まった。
マリアが話を戻した。
「招待は受ける。アンナム・ファミリーとして正式に返答する」
「サムライ衆も同じ結論になるでしょうね」
キヨシが頷いた。
「もう、対立する理由がない」
セツナが気を取り直したように言った。
「そ、そうです! これからは協力の時代です! 過去のいざこざは水に流して……」
「竹彦が起きたら、謝罪しないとね」
山口が優しく言った。
「一週間も酷い扱いしたんだから」
セツナの顔がまた青ざめた。
「そ、それは……私じゃなくて、ラムザ様が……」
「言い訳は本人に」
マリアが冷たく言った。
セツナはしばらく黙り込んだ後、小声で呟いた。
「……起きなければいいのに」
「聞こえてるで」
アスカが指摘すると、セツナは慌てて手を振った。
「じょ、冗談です! 冗談!」
事務所に笑い声が響いた。しかし、その笑いの裏には、新しい時代への不安と期待が入り混じっていた。
カーカラシカの勝利は確定した。地球は銀河連盟への道を、カーカラシカを通じて歩むことになる。それが吉と出るか凶と出るか、誰にも分からない。
ただ確かなのは、世界が大きく変わろうとしていることだった。
治療ポッドの中で、竹彦は相変わらず静かに眠っていた。彼が目覚めた時、世界はまた違う景色を見せているだろう。




