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第八十二話 「曲刀と野獣」



 激しい戦闘の中、ニーナは竹彦の猛攻をかわしながら、ある目的地へと後退していった。壁が次々と崩れ、床が陥没し、建物全体が彼らの戦いに震えていた。


「ここか……」


 ニーナがたどり着いたのは、宮殿の奥深くにある特別な部屋だった。広大な空間の中央に、たった一本の曲刀が展示されている。月光のように冷たく輝くその刃は、千年の時を経てもなお、恐ろしいほどの存在感を放っていた。


「メルベル様の……」


 セツナが遠くから見守りながら息を呑んだ。


「あれは建国の父の刀……」


 ニーナは躊躇なく曲刀を掴み取った。その瞬間、刀身が淡い光を放ち始める。長い眠りから覚めたかのように、刃が歓喜の震えを見せた。

 竹彦が部屋に飛び込んできた。全身から立ち上る殺気は、もはや人間のものとは思えない。褐色の肌は返り血で赤黒く染まり、赤い瞳は憎悪に燃えていた。


「その刀で僕を殺すつもりか」


 竹彦の声は低く、獣のような唸りを含んでいた。


「必要なら」


 ニーナの返答は短かった。そして流れるような動作で振り向きざま、竹彦の脇腹に斬撃を放つ。


 刃が肉を裂く音が響いた。竹彦の脇腹から、信じられないほどの血が噴き出す。まるでバケツをひっくり返したかのように、鮮血がニーナの全身に降り注いだ。


「ぐっ……」


 竹彦が一瞬よろめいた。深い傷口から内臓が見えるほどの重傷だった。普通の人間なら即死してもおかしくない。

 だが、竹彦は止まらなかった。


「うおおおおおお!」


 野獣のような咆哮を上げ、傷口から血を撒き散らしながら突進してくる。ニーナは華麗な身のこなしで回避し、さらに斬撃を加えた。竹彦の肩、腕、脚。次々と深い傷が刻まれていく。

 血がまるで雨のように降り注ぐ。床は真っ赤な海と化し、壁にも天井にも血飛沫が飛び散った。


「これは……化け物だな」


 ニーナが呟いた。声に初めて動揺が混じる。これだけの出血なら、とっくに失血死しているはずだった。しかし竹彦は倒れない。それどころか、傷を負うごとに動きが激しさを増していく。


「お前たちが……仲間を殺したんだ!」


 竹彦の拳がニーナの防御を突き破った。腹部に強烈な一撃が叩き込まれる。


「がはっ!」


 ニーナが血を吐いて吹き飛んだ。壁に激突し、そのまま崩れ落ちる。立ち上がろうとするが、内臓が破裂したような激痛が走った。


 遠くから狙撃音が響いた。竹彦の肩、胸、脚に次々と銃弾が撃ち込まれる。皇族の狙撃手たちが援護射撃を開始したのだ。

 しかし竹彦は銃弾など気にも留めない。血と弾痕だらけの体で、なおもニーナに向かって歩を進める。


「あかん! あのオバハン殺されるで!」


 空飛ぶ車の中で中継を見ていたアスカが叫んだ。


「もうすぐ着く!」


 マリアが操縦桿を握りしめた。


「あと1分……」


 地響きのような戦闘音が近づいてくる。建物が次々と崩壊し、煙と炎が立ち上る。まるで戦場のような光景が眼下に広がっていた。


「ニーナ様!」


 見かねた皇族の戦士たちが次々と飛び出してきた。ラムザの弟ドゥムジ、イシュタル家の双子ニヌルタとニンギシュジダ、ナブ家の若きマルドゥク。皆、カーカラシカの精鋭中の精鋭だった。


「化け物め! これ以上ニーナ様に手を出させん!」


 ドゥムジが法力を込めた拳を振るう。竹彦の顔面に直撃したが、竹彦は首を軽く振っただけだった。そして逆にドゥムジの腕を掴むと、


「邪魔だ」


 バキッ、という音と共にドゥムジの腕が異常な方向に曲がった。


「ぎゃああああ!」


 ドゥムジの絶叫を無視し、竹彦は彼を地面に叩きつけた。石畳が砕け、ドゥムジの体が地面にめり込む。


「兄さん!」


 双子が同時に攻撃を仕掛けた。見事な連携で竹彦を挟み撃ちにする。法力を纏った剣が竹彦の背中と胸を貫いた。

 常人なら即死の傷。しかし竹彦は剣が刺さったまま振り向くと、ニヌルタの頭を鷲掴みにした。


「うぐっ……」


 そのまま持ち上げ、地面に叩きつける。一度、二度、三度。ニヌルタの意識が遠のいていく。


「やめろおお!」


 ニンギシュジダが必死に竹彦の腕にしがみつくが、竹彦は振り払うように彼を蹴り飛ばした。ニンギシュジダは建物の壁を突き破って消えていった。


「こいつ……人間じゃない……」


 マルドゥクが震え声で呟いた。目の前の光景が信じられない。カーカラシカ最強の戦士たちが、まるで子供のようにあしらわれている。

 竹彦の全身は既に血まみれだった。自分の血、敵の血が混ざり合い、もはやどこが傷なのかも分からない。刺さった剣も銃弾も、まるで気にしていない。


「お前たちが……マリアさんたちを……トニーさんを……」


 竹彦の声は怨念に満ちていた。赤い瞳から涙が流れているのか、それとも血なのか。


「殺したんだろう!」


 竹彦がマルドゥクに襲いかかった。マルドゥクは必死に防御するが、竹彦の怪力の前では無力だった。腕を折られ、肋骨を砕かれ、地面に這いつくばる。


「もうやめて……」


 ティアマトが泣きながら懇願した。ベオルブ家の若き娘は、仲間たちが次々と倒されていく光景に恐怖していた。


「お願い……もうやめて……」


 竹彦がゆっくりと振り返った。血走った目でティアマトを見る。


「やめる?」


 低い声だった。地の底から響くような、恐ろしい声。


「お前たちは僕の仲間を殺しておいて……今更やめろだと?」


 竹彦が一歩、また一歩とティアマトに近づく。彼女は恐怖で動けなかった。

 その時、ニーナが立ち上がった。腹部を押さえ、血を吐きながらも、曲刀を構える。


「まだ……終わってない」


「そうか」


 竹彦が振り返った。その顔に浮かんだ表情は、もはや人間のものではなかった。純粋な殺意と憎悪だけがそこにあった。


「なら、お前から殺す」


 竹彦が跳躍した。重傷を負った野獣のように、本能だけで動いている。ニーナは最後の力を振り絞って曲刀を振るうが、竹彦の勢いは止められない。

 その瞬間、爆音と共に何かが二人の間に突っ込んできた。


「竹彦!」


 マリアの声だった。

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