第七十九話 「解き放たれた怪物」
暗闇の中で、竹彦は静かに準備を整えていた。
腕の拘束具が、ついに限界点に達した。一週間かけてじわじわと破壊してきた金属が、今や一瞬で外せる状態になっている。脚の拘束も同様だった。
「もう少し……もう少しだ」
時折打たれる薬物も、最初は意識を奪い去るほど強力だったが、体が慣れてきた。耐性がついている。まだ完全ではないが、意識を保てるようになった。
全身はまだ痛みに満ちていた。折れた肋骨、腫れ上がった顔、内臓のダメージ。一週間の拘束で筋肉も衰えている。空腹と、自分の体臭に吐き気がする。
しかし、それらすべてが復讐への炎を燃え上がらせていた。
「ラムザ……アンドラ……」
その名前を心の中で繰り返す。まずはあいつらから。そして、その親類縁者全員。何人いるか分からないが、一人残らず同じ目に遭わせてやる。
竹彦の心は、もはや純粋な憎悪に染まっていた。松子さんが生きていたら、きっと悲しむだろう。でも、もう止められない。事務所の仲間が死んだのだ。二人か三人か……それだけで十分だった。
足音が近づいてきた。
「おい、薬の時間だ」
見張りの一人が、液体の入った容器を持って立ち止まった。
「これ、どうやって飲ませればいいんだ?」
もう一人の見張りが答えた。
「マスク外すしかないだろ」
「でも、危険じゃ……」
「もう一週間だぞ。こいつ、もうほとんど死にかけてるだろ」
ガチャッ。
重いマスクが外された。久しぶりの光に、竹彦は目を細めた。
「おい、飯だぞ」
見張りが、栄養剤の入ったパックにストローを差して差し出した。
竹彦は大人しくストローを咥え、ゆっくりと吸った。チューチュー、チューチュー。まるで子供のように。
「おい、大丈夫か?」
仲間の警備が心配そうに聞いた。マスクを外した見張りは肩をすくめた。
「だってよ、どう考えても異常だぜ。かわいそうだろ」
彼は竹彦を見下ろした。腫れ上がった顔、痩せこけた体。
「手足の拘束はともかくとして、一週間も真っ暗闇なんだぜ。俺なら発狂するぞ」
見張りは続けた。
「別に誰か殺したわけでもねえし、ガキじゃねえか」
竹彦は、腫れがある程度引いた顔で、ニコッと笑った。
無邪気な、子供のような笑顔だった。
「勘違いするなよ」
見張りがストローを引こうとした時、竹彦が手を伸ばした。
「もうちょっと……」
小さな声で懇願しながら、ストローを掴んだ。
見張りは一瞬考えた。そして、顔が青ざめた。
「拘束が外れてる!」
しかし、もう遅かった。
竹彦の手が、軽く見張りの首筋を叩いた。たったそれだけで、男は意識を失って崩れ落ちた。
「な、何だ!?」
もう一人の見張りが銃を構えた。しかし、次の瞬間には竹彦が目の前にいた。瞬間移動のような高速移動。
ドゴン!
見張りの体が壁に叩きつけられた。ぐったりとして、そのまま動かなくなる。
竹彦は立ち上がった。体のあちこちが軋んだが、動ける。
廊下に出ると、警報が鳴り響き始めた。
ビィィィィ! ビィィィィ!
「囚人が脱獄した! 繰り返す、囚人が……」
竹彦は無視して、適当な壁に体当たりした。
ドガアアン!
コンクリートの壁が粉々に砕け散った。その向こうは武器庫だった。
「止まれ!」
駆けつけてきた警備隊が銃を向けた。
竹彦は微笑んだ。そして、消えた。
次の瞬間、警備隊の真ん中に現れ、回転しながら全員を薙ぎ払った。まるで竜巻のように。
「化け物だ!」
誰かが叫んだ。
竹彦は次の壁を破壊した。そしてまた次の壁を。建物の構造など関係ない。最短距離で、目的地へ向かう。
「ラムザ……アンドラ……どこだ」
彼の赤い瞳は、もはや人間のものではなかった。
純粋な破壊の化身が、バビロンの地下を駆け抜けていく。
*
中央宮殿の通信室では、まだ皆が凍りついていた。
「警備が全滅……?」
ラムザが信じられないという顔をした。
その時、建物全体が揺れた。
ドォォォン!
「何だ!?」
「地下から……地下から何かが!」
技術官の一人が、モニターを指差した。そこには、壁を次々と破壊しながら上昇してくる赤い点が映っていた。
「まさか……」
セツナの顔が青ざめた。
「七夕竹彦……」
ニーナだけが、冷静に状況を見つめていた。その赤い瞳に、わずかな興味が宿っていた。




