表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/144

第七十七話 「降伏の準備」



 アマガワ事務所の会議室は、葬式のような雰囲気に包まれていた。

 マリアは机に向かい、何度も何度も文章を書いては消し、書いては消しを繰り返していた。謝罪文。それも、命乞いに等しい内容のものだった。


「偉大なるカーカラシカ国の皆様へ……いや、違う」


 マリアは紙を丸めて捨てた。もう何枚目だろうか。ゴミ箱は既に溢れかえっている。


「尊敬すべきニーナ女帝陛下……」


 また書き始める。その手は微かに震えていた。いつもの無表情な彼女からは想像もつかない姿だった。

 アスカが苛立たしげに立ち上がった。


「なあマリア、ほんまにこれしかないんか?」


 彼女は拳を握りしめた。


「竹彦の敵討ちとか、そういうのは考えへんの?」


 マリアは顔を上げた。その目は赤く充血していた。徹夜で謝罪文を考えているのだろう。


「したい。いつかは必ずしたい」


 彼女の声は、いつもの無感情な調子だったが、どこか疲れが滲んでいた。


「でも今は謝る」


「生き延びて、どうすんねん」


 アスカは泣きそうな顔で言った。


「うちらの兄弟みたいなもんやろ…」


「竹彦は、心の兄、けど今はこうするほかない、アスカ」


「生きていれば、いつか機会が来るかもしれない」


 トニー所長も頭を抱えていた。


「まさか、カーカラシカがあそこまで強大だったとは……」


 彼の声には絶望が滲んでいた。


「ニホンの地理的優位も、報酬も、もう全部どうでもいい。あんな化け物と科学力を持つ国だったなんて、誰が想像できた?」


 キヨシは窓の外を見つめていた。東京の街は平和に見える。しかし、その平和がいつまで続くのか……


「竹彦が子供扱いなんて、想定外すぎる」


 キヨシの声は震えていた。


「セツナに負けて、そのセツナが手も足も出ないラムザがいて……どうやって勝てって言うんだよ」


 山口はまだ時折涙ぐんでいた。


「竹彦くん……本当に死んじゃったのかな……」


「死んでない」


 マリアが言った。


「多分、生かされてる。銀河連盟への手土産として」


「それって、もっと酷いんじゃ……」


 サヤカが呟いた。

 二宮がお茶を配りながら言った。


「でも、生きてるなら希望はありますよね?」


「私たちで必ず助けよう」


 その時、キヨシの携帯が鳴った。おじさんからだった。


「もしもし……はい……はい……そうですか」


 キヨシの顔がどんどん青ざめていく。


「分かりました」


 電話を切ったキヨシに、全員の視線が集まった。


「サムライの会合も、もう降参らしい」


 キヨシは力なく椅子に座った。


「おじさんが言ってた。ラムザと竹彦の戦いの映像を見たらしくて……」


 彼は続けた。


「セツナを子供扱いする竹彦を、さらに子供扱いする連中に勝てるわけないって。もう意気消沈だって」


 事務所に重い沈黙が流れた。


「でも、変なんだよな」


 アスカが首を傾げた。


「なんでカーカラシカから何も言ってけえへんの?」


 確かに奇妙だった。産業スパイの証拠を握っているはずなのに、カーカラシカからは何の通告もない。


「最高のタイミングでカードを切るつもりなのか」


 京介が推測した。


「それとも……」


「眼中にない」


 マリアが言った。


「多分、それ」


 彼女は新しい紙を取り出した。


「私たちなんて、相手にする価値もない。ただの虫けら」


 その言葉に、誰も反論できなかった。

 マリアは再び筆を取った。


「偉大なるカーカラシカ国、並びにニーナ女帝陛下へ。この度は、我々の身勝手な行動により……」


 書きながら、マリアは心の中で呟いた。


「竹彦、ごめん。今は、これしかできない」


「なあ」


 アスカが突然言った。


「もし竹彦が生きとったら、俺らがこんなことしとるの見て、なんて言うやろな」


 皆が顔を見合わせた。


「多分……」


 キヨシが小さく笑った。


「『僕のことは気にしないで、皆さんが無事ならそれでいいです』とか言いそう」


「そうね」


 山口も涙を拭きながら微笑んだ。


「竹彦くんなら、きっとそう言う」


「だからこそ」


 マリアが顔を上げた。


「私たちは簡単に死ぬわけにはいかない、絶対に報復を遂げるためには生きていないといけない」


 謝罪文を書き続けるマリアの背中は、小さく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ