第七十四話 「暗闘の中で」
竹彦の意識が、ゆっくりと浮上してきた。
最初に感じたのは、圧倒的な暗闇だった。瞼を開いているのか閉じているのかすら分からない。何か硬く冷たいものが頭全体を覆っている。金属製のマスクか、それとも……
動こうとして、初めて自分の状況を理解した。手足、胴体、首に至るまで、全身が何重にも拘束されている。指一本動かすことができない。
痛みが遅れてやってきた。頭部のあちこちが腫れ上がり、硬質なマスクの内側と擦れて激痛が走る。肋骨は何本も折れているようだ。呼吸をするたびに、鋭い痛みが胸を貫く。内臓も……おそらく相当なダメージを負っている。口の中は血の味でいっぱいだった。
「……おい、聞いたか? 裏切り者はどうなったんだ?」
見張りらしき男の声が聞こえてきた。どこか退屈そうな口調だった。
「ああ、泳がせてたエンジニアのことか」
別の男が答えた。煙草でも吸っているのか、少しくぐもった声だった。
「死んだよ。あっさりとな」
竹彦の心が重く沈んだ。あの技術者は、ただ金のために情報を売ろうとしただけだった。それなのに……
「処刑か?」
「いや、事故に見せかけたらしい。聖火祭の混乱で建物が崩れてな。運が悪かったってことさ」
男たちの笑い声が響いた。人の死を、まるで他人事のように話している。
「それで、ニホンの連中は? 三人捕まえてただろ?」
最初の男が話題を変えた。竹彦は耳を澄ませた。ハブ家の人たちのことだ。
「一人は死んじまった」
竹彦の胸が締め付けられた。
「拷問がきつすぎたんだろ。まあ、下っ端だから大した情報も持ってなかったがな」
「残りの二人は?」
「今、口を割らせてるところさ。といっても、本当に下っ端みたいで、なんでこんなことをしたのか聞き出したいらしいぞ。上の連中はな」
「ニホン人の考えることは分からないよな」
最初の男が吐き捨てるように言った。
「20年前と同じさ。人の物を盗んで、我が物顔で使う」
「塩化爆弾の時もそうだったな」
相槌を打つ声。
「隣にあんな国がいて、ひでえ迷惑だ」
竹彦は怒りで身を震わせようとしたが、体は微動だにしなかった。
「ところで、アンナムの連中はどうしたんだ?」
話題が変わった。竹彦は息を詰めた。
「さあな。アンドラ様が適当に攻撃を打ち込んだら、結構当たったみたいだがな」
男の声に、残酷な楽しみが混じっていた。
「二、三人は死んだと思うぞ。血まみれで逃げてたからな」
竹彦の中で何かが切れた。
「うおおおお!」
渾身の力を込めて暴れた。拘束具がギシギシと音を立てる。しかし、いつもなら簡単に壊せるはずのものが、びくともしない。
力が入らない。薬を打たれたのか、それとも拘束具に何か仕掛けがあるのか……
「おい、暴れるな」
コンコンコン。
警棒でマスクを叩く音が響いた。金属音が頭の中で反響し、激痛が走る。
「うぐ……ぐ……」
竹彦は何か言おうとしたが、口が腫れ上がっていてまともに発音できなかった。舌も切れているようで、動かすたびに激痛が走る。
「で? こいつは結局何だったの?」
見張りの一人が、まるで物でも扱うような口調で聞いた。
「さあ……調べたが、遺伝子情報がかなり壊れててな」
男は肩をすくめる音がした。
「よく分からなかったそうだ。ただ、おそらく塩化爆弾に被爆した経験があるな。放射線による遺伝子損傷の痕跡があったらしい」
「マジかよ。よくまあ今まで生きてたもんだ」
「それだけじゃない。肺も片方、元からなかったらしい」
「は? 片肺で?」
「ああ。医療班も首を捻ってたよ。どうやって戦闘なんかできるのかってな」
見張りたちの声に、困惑が混じった。
「宇宙人とか?」
「あり得るな。だってラムザ様がかなり苦戦されてたんだろ? アーティカルアーム付きで」
「信じられねえよな。こんなチビなのに」
一人が竹彦の拘束具を軽く蹴った。鈍い音が響く。
「銀河連盟でも悪名高い極悪人らしいぞ。戦士連盟0級だとか」
「0級? 嘘だろ」
「本当さ。だから、こんなに厳重に拘束してるんだ」
男たちの声が、少し緊張を帯びた。
「拘束を解いたら、俺たち一瞬でミンチらしいからな。気をつけろよ」
「分かってるって。触らぬ神に祟りなしだ」
足音が遠ざかっていく。見張りの交代時間なのか、新しい声が聞こえてきた。
「おい、こいつまだ生きてるか?」
「ああ、さっき暴れてたから大丈夫だろ」
「いつまでここに置いとくんだ?」
「さあな。上の判断待ちさ。ニーナ様が直々に会いたいとか言ってるらしいが」
竹彦は暗闇の中で、じっと耳を澄ませた。
仲間は生きているのか。マリアは、アスカは、京介は……そしてキヨシたちは無事なのか。
口の中の血を飲み込もうとして、むせた。咳をすると、折れた肋骨が肺を刺激する。
「僕は……まだ生きている」
竹彦は自分に言い聞かせた。生きている限り、希望はある。松子さんが教えてくれたことだ。
暗闘の中で、竹彦は静かに機会を待った。




