第七十二話 「圧倒的な力」
ラムザは余裕の笑みを浮かべながら、竹彦に向かって歩いた。アーティカルアームが放つ黒い光が、祭りの炎と混じり合って不気味に輝いている。
竹彦は全力で拳を振るった。その速度は音を置き去りにするほどだった。しかし――
バシッ!
ラムザは片手で、いとも簡単にそれを受け止めた。アーティカルアームが微かに光る。
「これが0級の拳か。確かに重い」
ラムザは感心したような声を出した。しかし次の瞬間、その表情が冷酷なものに変わった。
「だが、技術がない」
ドゴォ!
ラムザの膝が竹彦の腹部に突き刺さった。竹彦の体が「く」の字に折れ曲がる。
「がふっ……!」
竹彦が血を吐いた。しかし、ラムザの攻撃はそれで終わらなかった。
掴んだ腕を軸に、竹彦の体を振り回す。そして――
ドォン!
地面に叩きつけた。石畳に巨大な亀裂が走り、蜘蛛の巣のようにひび割れが広がっていく。衝撃で周囲の建物の窓ガラスが震えた。
「まだだ」
ラムザは竹彦の襟を掴み、引き起こした。そして強烈な蹴り上げ。
ヒュン!
竹彦の体が真上に打ち上げられた。10メートル、20メートル、30メートル……
そしてラムザも跳んだ。アーティカルアームが推進力を生み出し、一瞬で竹彦に追いつく。
「これで終わりだ!」
空中で回転蹴り。竹彦の体に直撃し、今度は地面に向かって加速していく。
ドガアアアン!
再び地面に激突。今度は直径5メートルほどのクレーターができた。土煙が舞い上がる。
しかし、土煙の中から竹彦が立ち上がった。全身が傷だらけで、口から血が流れている。それでも、その赤い瞳には闘志が宿っていた。
「まだ……まだだ!」
竹彦は渾身の力を込めて、ラムザに突進した。右の拳を引き絞り、全体重を乗せた一撃を放つ。
ガシン!
しかし、またしてもラムザはそれを防いだ。アーティカルアームが竹彦の拳を完全に受け止めている。
「そ、そんな……!」
竹彦の顔に、初めて驚愕の表情が浮かんだ。自分の全力の一撃が、こんなにも簡単に……
しかし竹彦は諦めなかった。顔に力を込め、さらに押し込んでいく。
ギリギリギリ……
アーティカルアームから異音が聞こえ始めた。
「なんて馬鹿力だ!」
ラムザの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。アーティカルアームから白い煙が上がり始めている。過負荷の警告だ。
しかし、ラムザも歴戦の戦士だった。一瞬の隙を突いて、竹彦の腹部に拳を沈み込ませた。
ズドン!
「ごふっ!」
竹彦が大量の血を吐いた。内臓に深刻なダメージを受けたのは明らかだった。
それでも竹彦は倒れない。逆にラムザの腕を掴み、引き寄せようとする。
「しつこい奴だ……!」
二人が激しく組み合っている時、錫杖を持った金髪の女性が近づいてきた。アンドラだ。
「パパ、手伝うわ」
彼女の声は冷たく、感情がこもっていなかった。
ブン!
錫杖が風を切って竹彦の頭部を狙った。
ガン!
鈍い音と共に、竹彦の体が吹き飛ばされた。10メートルほど転がって、ようやく止まる。
*
離れた場所で、アスカが歯噛みしていた。
「あかん! メタメタや! 応援に行くで!」
アスカが飛び出そうとした瞬間、マリアが腕を掴んだ。
「無駄。瞬殺される」
マリアの声は冷静だったが、その手は微かに震えていた。
「けど、このままじゃ竹彦が……!」
「分かってる」
マリアは唇を噛んだ。しかし、現実は残酷だった。アーティカルアームを装備したラムザに、今の彼らが勝てる可能性は限りなくゼロに近い。
*
ラムザは片膝をついて、血を吐いている竹彦を見下ろした。腕のアーティカルアームを操作すると、ホログラムのような数値が表示された。
「これは驚いた」
ラムザの声に、本物の驚嘆が混じっていた。
「法力数が1000近くある。ニーナ様の3倍以上だ」
彼は苦笑いを浮かべた。
「白い林檎の連中が皆殺しになったのも当然だな。化け物め」
ラムザは娘に向かって言った。
「丸腰で助かったよ。もしこいつがまともな増幅器でも持っていたら、こっちが殺されていたかもしれん」
アンドラが父親に聞いた。
「アンナムの連中はどうするの?」
ラムザは立ち上がりながら、面倒くさそうに手を振った。
「好きにしろ。興味はない」
「分かったわ、パパ」
アンドラは軽く頷くと、その場から跳躍した。向かう先は、マリアたちが逃げようとしている地点だった。
無線からマリアの叫び声が聞こえてきた。
『撤退! 急いで車に乗って!』
慌ただしい足音と、エンジン音が響く。
ラムザは竹彦にトドメを刺そうと、アーティカルアームを起動させた。黒い光が集束していく。
その時、彼の通信機が鳴った。
「はい……え? はい、はい……分かりました」
ラムザは眉をひそめながら聞いていた。そして最後に、
「では、持ち帰ります」
通信を切った後、ラムザはしばらく竹彦を見つめていた。褐色の肌、赤い瞳。どこからどう見ても、カーカラシカの血統だった。
「まあ、どこの種かは気になるな。見たところ、間違いなくカーカラシカ国の出身だろうし……」
ラムザはアーティカルアームを再起動させた。しかし今度は、殺すためではなかった。
ドゴン!
側頭部への正確な一撃。竹彦の意識が完全に途切れた。体が地面を転がり、ピクリとも動かなくなる。
ラムザは通信機を取り出した。
「アンドラ、適当に遊んだら戻ってこい。セツナ君も連れてな」
返事を聞いてから、付け加えた。
「ニーナ様が夕食を早くしたいそうだ。急げ」
ラムザは気を失った竹彦を軽々と肩に担ぎ上げた。まるで子供を抱えるように。
周囲では、まだ人々が逃げ惑っていた。悲鳴と怒号が飛び交い、祭りの雰囲気は完全に壊れていた。
「おい」
ラムザが近くにいた兵士たちに声をかけた。
「祭りを続けさせろ。事は済んだ」
兵士たちは直立不動で敬礼した。
「はっ!」
ラムザは竹彦を担いだまま、ゆっくりと歩き始めた。その後ろ姿は、まるで狩りを終えた獣のようだった。
聖火の炎が、血に染まった石畳を赤く照らしていた。




