第七十一話 「女帝の弟」
竹彦はセツナの最後の突進を軽くかわし、その腹部に正確な一撃を叩き込んだ。
「がはっ!」
セツナが悶絶して膝をついた。もう立ち上がれない。
竹彦は観客に向かって拳を高く上げた。勝利のポーズだった。
「うおおおお!」
観客が爆発的な歓声を上げた。
「メルベル様の勝ちだ!」
「嬢ちゃんもよく頑張った! 素晴らしい演舞だった!」
拍手と歓声が祭りの夜空に響き渡った。完全に演目として受け取られている。
セツナは地面に倒れたまま、恨めしそうに竹彦を睨みつけていた。悔しさと屈辱で、目に涙が浮かんでいた。
無線からマリアの声が聞こえてきた。
『竹彦、すぐに離脱して。皇族の戦士が集まりつつある』
焦りを含んだ声だった。
竹彦は観客に一礼してから、その場で大きく膝を曲げた。そして――
ドン!
地面を蹴って、一気に50メートル近く跳躍した。
「すげええええ!」
「なんだあれ!?」
「特殊効果か!?」
観客たちはさらに熱狂した。まるでサーカスの大技を見ているかのように。
しかし、空中を飛んでいる最中――
ドゴォ!
横から何かが高速で衝突してきた。竹彦の体が大きく軌道を逸らされ、広場の中央にある大噴水に向かって吹き飛ばされた。
ガシャアアアン!
噴水が大音響と共に破壊された。水しぶきが高く舞い上がり、石の破片が四方に飛び散った。
「きゃあああ!」
「逃げろ!」
噴水の周りで憩いでいた家族連れやカップルたちが、悲鳴を上げて逃げ惑った。
瓦礫の中から、竹彦がゆっくりと立ち上がった。全身ずぶ濡れで、あちこちに切り傷ができている。そして何より、体の節々に激しいダメージを感じていた。
「何だ、今の……」
竹彦が振り返ると、少し離れた場所に二人の人物が立っていた。
一人は金髪碧眼の、体格の良い中年男性。腕と脚にぴったりとフィットする、冷たく黒光りする甲冑を身に着けていた。
もう一人は同じく金髪の若い女性。ゆったりとした巫女服のような衣装を着て、手には装飾的な錫杖を持っている。
無線からマリアの声が聞こえてきた。
『そいつらは……ラムザ・ボム。女帝の弟。そして、その娘のアンドラ……最悪』
女性――アンドラが、冷たい声で言った。
「こいつが例の?」
ラムザは腕を組んだまま答えた。
「お前はセツナ君の様子を見てこい。負けていじけてるだろうからな」
アンドラは軽く頷いて、セツナの方へ歩いていった。
ラムザは竹彦が噴水の瓦礫から完全に這い出てくるのを、じっと待っていた。まるで獲物を前にした捕食者のように。
マリアの声が再び響いた。
『竹彦、その甲冑はアーティカルアーム! 最悪の個人兵装! 丸腰じゃ勝てない! 逃げて!』
竹彦は水を滴らせながら、ゆっくりとラムザと向き合った。
「ラムザ・ボム……」
竹彦が呟いた。
ラムザは不敵に笑った。
「七夕竹彦。会えて光栄だよ。君の噂は月でも有名でね」
その声には、明らかな殺意が込められていた。
周囲の観客たちは、もはやこれが演目ではないことに気づき始めていた。噴水の破壊があまりにも現実的すぎた。
「に、逃げろ!」
誰かが叫んだ。パニックが広がり始める。
ラムザは右手を軽く振った。甲冑から黒い光が放たれ、地面に大きな亀裂が走った。
「さあ、始めようか。白い林檎を滅ぼした怪物の実力を、見せてもらおう」
竹彦は構えを取った。しかし、体のダメージは想像以上に深刻だった。最初の一撃で、内臓にまでダメージが及んでいる。
「まずい……」
*
離れた場所で、キヨシたちが慌てていた。
「竹彦が!」
「落ち着け」
京介が言った。
「今は俺たちが行っても足手まといだ」
マリアが冷静に分析した。
「ラムザ・ボム。カーカラシカ最強の戦士の一人。アーティカルアームを装備した状態なら……」
彼女は言葉を切った。
アスカが拳を握りしめた。
「でも、このまま見てるだけなんか……」
その時、新たな爆発音が聖火祭の夜に響き渡った。




