第六十九話 「聖火祭の決闘」
竹彦は周囲を注意深く観察した。祭りの熱狂の中、不自然に緊張した面持ちの人間が点在している。彼らは明らかに一般の祭り客ではなかった。
「マリア、聞こえますか」
竹彦は小声で無線に話しかけた。
『何?』
マリアの声が返ってきた。
「取引がばれてるかもしれません。周りに不審な人間がたくさんいます」
竹彦は続けた。
「それと……目の前にセツナさんがいます」
一瞬の沈黙の後、マリアの声が鋭くなった。
『キヨシ、即撤収。全員退避』
無線から、キヨシたちが慌てて動き出す音が聞こえてきた。
「僕が注意を引きます」
竹彦が言った。
「その間にみんな逃げてください」
『了解』
複数の声が重なった。
セツナが笑顔で近づいてきた。竹彦を囲んでいた現地の女性たちは、不思議そうに彼女を見た。
「探したわよ」
セツナは優しい声で言った。そして女性たちに向かって微笑んだ。
「この子、私の弟なんです。面倒を見てくれてありがとう」
女性たちは、金髪赤目のセツナと褐色の肌の竹彦を見比べたが、カーカラシカでは多様な外見が普通だったため、特に疑問を持たなかった。
「そうだったの! じゃあ、また会おうね」
女性の一人が竹彦に連絡先の交換を申し出た。竹彦は慎重に応じてから、彼女たちが去るのを待った。
二人きりになると、セツナは日本語に切り替えた。
「あの技術者、悪いけど後で事故死するわ」
彼女の声は、さっきまでの優しさが嘘のように冷たかった。
「ついてきた日本人も」
セツナはちらりとコンサート会場の方を見た。山口がステージで歌っている。
「山口さんは関係ない」
竹彦は拳を握りしめた。
「全くその通りね」
セツナは肩をすくめた。
「あなたがおとなしくついてきてくれれば、彼女は見逃す。アンナムのお友達も、今日のところは見逃してあげる」
無線からマリアの声が聞こえた。
『私たちは大丈夫。山口も保護の準備ができた。そのイキった女をぶちのめして』
竹彦がステージの方を見ると、山口がハブ家の男たちに囲まれて、どこかへ移動させられているのが見えた。代わりの現地歌手が慌ててステージに上がっていく。
竹彦は深く息を吸い、腰を落として構えた。
「やっぱり、話し合いじゃ済まないんですね」
「あら、残念」
セツナも構えを取った。
いつの間にか、パレードの大道芸人たちが二人の周りを囲んでいた。ジャグリングをする者、火を吹く者、アクロバットを披露する者。彼らの動きは芸に見せかけているが、実は退路を塞いでいた。
人だかりができ始めた。観客たちは、これも祭りの出し物の一つだと思い込んでいる。
芸人の一人が、セツナに刀を手渡した。日本刀に似ているが、刃にはカーカラシカ特有の紋様が刻まれていた。
「聖火祭の余興としては、ちょうどいいでしょう?」
セツナが刀を抜いた。刃が祭りの炎を反射して、赤く輝いた。
竹彦は素手のままだった。しかし、その構えには隙がなかった。
「始めましょうか」
観客たちが歓声を上げた。彼らにとって、これは最高の見世物だった。
*
離れた場所で、キヨシたちは急いで移動していた。
「クソ、完全に罠だったか」
キヨシが舌打ちした。
「でも、データは入手できた」
ハブ家の技術者が言った。
「完全じゃないが、かなりの情報が」
「竹彦は?」
京介が心配そうに聞いた。
「大丈夫」
マリアが冷静に答えた。
「あの程度の相手なら」
しかし、その声にはわずかな不安が滲んでいた。
*
祭りの中心で、竹彦とセツナが対峙していた。
周囲の観客は、二人の緊張感に息を呑んでいた。これが演技だとしても、あまりにも真に迫っている。
「あなたを殺せば」
セツナが呟いた。
「みんなの仇が討てる」
「僕は」
竹彦が静かに言った。
「もう、誰も殺したくない」
次の瞬間、セツナが動いた。
刀が空を切り、竹彦の首筋を狙う。竹彦は紙一重でそれを避け、セツナの懐に飛び込んだ。
観客から歓声と悲鳴が同時に上がった。
聖火祭の夜、二人の戦いが始まった。




