第六十八話「バビロンの聖火祭」
カーカラシカ国の新首都バビロン。かつての首都エリドゥが塩化爆弾で壊滅してから、この古都が新たな中心地となっていた。
聖火祭は街全体を包み込んでいた。至る所で炎が踊り、人々が歌い、踊っていた。しかし、キヨシたち日本人にとって、この祭りは居心地の悪いものだった。
「すみません、注文した料理まだですか?」
キヨシが店員に聞いた。もう30分以上待っている。
店員は黒髪黒目のキヨシを一瞥すると、露骨に不快そうな顔をした。
「混んでるから」
カーカラシカ語で吐き捨てるように言って、去っていった。
隣のテーブルには、明らかに後から来た客の料理が運ばれている。
「ひどいな...」ハブ家から同行してきた技術者が呟いた。
「場所を移しましょう」キヨシが決断した。「予約してある店があります」
二人は店を出た。通りでは、彼らを見る視線が冷たかった。
「ニホン人だ」
「エリドゥを破壊した連中」
囁き声が聞こえてくる。キヨシは足早に歩いた。
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一方、竹彦は別の意味で困っていた。
「ねぇ、ボク!」
カーカラシカの若い女性たちに囲まれていた。彼女たちは、竹彦を完全に現地の子供だと思い込んでいた。
「お父さんとお母さんはどこ?迷子?」
「いえ、僕は観光客で...」竹彦は必死に説明しようとした。
「どこから来たの?ウル?ジッパル?」
女性の一人が、竹彦の頭を撫でた。身長150センチの竹彦は、確かに子供に見えなくもない。
「日本から来ました」
竹彦が答えると、女性たちは一瞬きょとんとした後、爆笑した。
「この子、冗談が上手!」
「日本人がそんな顔してるわけないでしょ!」
しばらくして、一人が手を打った。
「あぁ、分かった!向こうで暮らしてるのね?お祭りで実家に戻ってきたんでしょ?」
「違います!僕は本当に日本人で...」
女性たちはまた笑い出した。
「そこまで言うなら、日本語でしゃべってみて!」
竹彦は日本語で「僕は日本から来た観光客です」と言った。
女性たちは顔を見合わせた。
「わかんなーい!」
「でも可愛い!一緒にお祭り回ろう!」
竹彦の耳に、小型無線からマリアの声が聞こえてきた。
『交渉は順調。どうせ何も起きない。祭りに行ってきて』
そして、苛立った声で続けた。
『その女どもの声がうるさい。話が聞こえない。邪魔』
竹彦は困った顔をしたが、女性たちに引きずられるように祭りの中へ消えていった。
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予約していた店の二階、人の少ない個室。
キヨシとエンジニアが向かい合って座っていた。
「これが推進装置の外観図面です」
エンジニアがデータパッドを差し出した。ハブ家の技術者が確認し、遠隔でマリアもPCで確認している。
「確かに、これなら恒星間航行が可能だ」技術者が興奮気味に言った。
エンジニアは声を潜めた。
「大金だけでなく、日本での生活を保証してくれるなら...」
彼は周囲を確認してから続けた。
「核心部分の動力機構についても、情報を提供できます」
キヨシは慎重に答えた。
「条件を詳しく聞かせてください」
交渉は、より深い段階へと進んでいった。
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アスカは屋台で買った肉串を食べながら、街を歩いていた。
「めっちゃ美味いやん、これ」
隣で二宮が占いの屋台に興味を示していた。
「カーカラシカの占い、面白そうですね」
サヤカは土産物を物色していた。
「このアクセサリー、可愛い!」
山口は、明日のコンサート会場の下見をしていた。しかし、スタッフたちの視線は冷たかった。
「日本人の歌手か...」
誰かが呟いた言葉が、山口の耳に入った。彼女は不安になったが、プロとして振る舞い続けた。
京介は、離れた場所から全体を監視していた。何か問題が起きたら、すぐに動けるように。
「平和に見えるが...」
京介は呟いた。この祭りの熱狂の下に、何か不穏なものを感じていた。
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竹彦は、女性たちに連れられて祭りの中心部に来ていた。
「ほら、これが聖火の塔よ!」
巨大な炎が天に向かって燃え上がっていた。それは、カーカラシカの聖火そのものだった。
「わ~すごいなぁ...」
竹彦は素直に感動した。しかし、その時、人混みの中に見覚えのある金髪を見つけた。
セツナだった。
彼女もまた、竹彦に気づいた。二人の視線が、祭りの熱狂の中で交錯した。




