第六十七話 「聖火祭への潜入」
アマガワ事務所では、カーカラシカ国への潜入計画が最終段階に入っていた。
「エンジニアとの接触は、聖火祭の期間中」
マリアが淡々と説明した。
「月面から多くの人が降りてくる。紛れやすい」
テーブルには、カーカラシカ国の観光パンフレットが広げられていた。聖火祭の華やかな写真、伝統的な衣装を着た女性たち、そして巨大な炎の塔が印刷されている。
「問題は」
京介が腕を組んだ。
「日本人の顔立ちだと、向こうで目立つということだ」
キヨシは不安そうに頷いた。
「俺と山口は、どう見ても日本人だもんな……」
山口も心配そうだった。
「でも、私は文化交流のコンサートがあるから、行かないわけにはいかないのよね」
アスカが笑った。
「うちは黒髪やけど、顔立ちは全然日本人ちゃうし、なんとかなるやろ」
「僕は大丈夫ですかね?」
竹彦が不安そうに聞いた。
マリアが竹彦をじっと見た。
「竹彦は問題ない。むしろ現地人に間違われる」
そして、いつもの無表情のまま続けた。
「前から思ってたけど、竹彦は絶対日本人じゃない」
「え!?」
竹彦がショックを受けた。
「僕、日本人ですよ!」
「顔立ちが違う」
マリアは冷静に分析した。
「褐色の肌、赤い瞳。どう見てもカーカラシカ系」
竹彦は落ち込んだ様子で俯いた。
二宮が明るく言った。
「私も大丈夫そうですね。栗色の髪だし」
確かに、二宮の顔立ちも純粋な日本人とは少し違っていた。
「サヤカも銀髪だから問題ないわね」
山口が言った。
サヤカが得意げに髪をかき上げた。
「イタリア人の血が役に立つ時が来たわね」
キヨシは深いため息をついた。
「結局、俺が一番やばいのか……」
「大丈夫」
マリアが言った。
「観光客として行く。キヨシは交渉担当。他は観光」
トニー所長が心配そうに言った。
「でも、向こうの国民感情は……」
「良くない」
京介が答えた。
「塩化爆弾の記憶は新しい。日本人への恨みは深い」
事務所に重い空気が流れた。
「けど」
アスカが明るく言った。
「聖火祭は楽しそうやん! ほら、この屋台とか」
みんながパンフレットを覗き込んだ。キヨシだけが、離れた場所でがっくりと肩を落としていた。
「なんで俺だけ……観光も楽しめないのかよ……」
「仕事だから」
マリアが冷たく言った。
竹彦が慰めるように言った。
「キヨシさん、終わったら一緒に観光しましょう」
「そうそう」
二宮も笑顔で言った。
「美味しいものもたくさんあるみたいですよ」
しかし、みんながワイワイと観光の計画を立てる中、キヨシは仲間外れ感を強く感じていた。
「ハブ家の代表として、しっかりやってもらわないと」
京介が厳しく言った。
キヨシはさらに落ち込んだ。
*
数日後、カーカラシカ国の首都。
聖火祭の真っ最中で、街は活気に満ちていた。巨大な炎の塔が街の中心でゆらめき、人々が踊り、歌っていた。
「すごい……」
山口が感嘆の声を上げた。確かに、圧倒的な光景だった。
しかし、キヨシと山口に向けられる視線は冷たかった。黒髪に黒い瞳の二人は、明らかに浮いていた。
「ニホン人か」
誰かがカーカラシカ語で呟いた。敵意が込められていた。
一方、竹彦は完全に現地人と間違われていた。
「お兄さん、これ買わない?」
屋台の店主が、竹彦に親しげに話しかけてきた。竹彦は困惑しながらも、カーカラシカ語で返事をした。
「あ、えっと……観光客なんです」
「え? その顔で?」
店主が驚いた。
「完全にうちの国の人かと思った」
マリアの予想は的中していた。
アスカは、その独特な雰囲気で注目を集めていたが、日本人とは思われていなかった。二宮とサヤカも、問題なく街に溶け込んでいた。
「キヨシくん、大丈夫?」
山口が心配そうに聞いた。周囲の視線が痛い。
「なんとか……」
キヨシは緊張していた。エンジニアとの接触場所は、祭りの会場から少し離れた酒場だった。
夜になり、約束の時間が近づいてきた。
「じゃあ、僕たちは近くで待機してます」
竹彦が言った。
「うちらも、何かあったらすぐ駆けつけるで」
アスカが頷いた。
キヨシは一人、酒場へ向かった。
店の中は薄暗く、煙草の煙が充満していた。奥の席に、約束のエンジニアらしき男が座っていた。
「ハブ・キヨシです」
キヨシが日本語で話しかけると、男は顔を上げた。
「話は聞いている」
男は流暢な日本語で答えた。
「技術の件だな」
交渉が始まった。外では、聖火祭の熱狂が続いている。そして、この祭りの影で、地球の未来を左右する取引が行われようとしていた。




