第六十六話 「カーカラシカの五番目の家」
カーカラシカ国、月面亡命政府の中枢。
巨大なドーム都市の中央に位置する評議会場に、四大家の代表が集まっていた。ボム家、イシュタル家、ベオルブ家、ナブ家。そして今日は、特別な客人がいた。
セツナは、母ユキヒメと共に評議会場に入った。金髪に赤い瞳を持つ彼女の姿は、この場において違和感がなかった。むしろ、亡きメルベル・ボムの娘として、当然の権利を持つ者として迎えられた。
「セツナ様、お久しぶりです」
ベオルブ家の代表が丁寧に頭を下げた。他の家の代表たちも、セツナに対して敬意を示した。
評議会場の最上段には、ニーナ女帝が座していた。金髪に赤い瞳、セツナとよく似た容貌を持つ彼女は、静かにセツナを見つめていた。
「……セツナ」
ニーナの声は、かすれていた。塩化爆弾の後遺症で、喉を痛めているのだ。しかし、その一言には絶対的な権威があった。
セツナは深く頭を下げた。
「ニーナ陛下、お招きいただき光栄です」
ニーナは小さく頷いた。そして、手で隣の席を示した。セツナに、自分の隣に座るよう促したのだ。
会場がざわめいた。女帝の隣に座ることを許されるのは、四大家の長だけだ。それが、セツナにも許された。
ユキヒメは、少し離れた席で静かに座っていた。純粋な日本人である彼女は、この場では異質な存在だったが、キモン家の当主として認められていた。
「……議題」
ニーナが短く言った。すぐに、ボム家の代表が立ち上がった。
「北海道の実効統治について、提案があります」
会議が始まった。内容は明確だった。日本の北海道を、カーカラシカの実質的な支配下に置く。そして、その管理をキモン家に委ねる。
「キモン家は、我々と日本の架け橋となる」
ボム家の代表が続けた。
「そして、セツナ様の存在により、両国の結びつきはより強固になる」
イシュタル家の代表も賛同した。
「セツナ様は、メルベル様の血を引く正統な後継者。我々の一員として認めるべきです」
議論は続いたが、結論は最初から決まっていたようなものだった。
「……承認」
ニーナの一言で、すべてが決定した。
キモン家は、カーカラシカの五番目の大家として認められた。そして、北海道の実効統治権を正式に委任された。
セツナは内心で喜んでいた。これで、自分の立場はさらに強固になる。日本の他の四家など、もはや相手ではない。
会議が終わった後、ニーナはセツナを別室に呼んだ。
「……セツナ」
ニーナは、セツナの顔を優しく撫でた。
「……あなたは……私に……似ている」
途切れ途切れの言葉だったが、セツナには女帝の気持ちが伝わった。ニーナは、セツナを本当に気に入っているのだ。
「陛下……」
「……強く……なりなさい」
ニーナの赤い瞳が、静かに輝いた。
「……この星を……守るために」
セツナは深く頷いた。しかし、心の中では別のことを考えていた。
「強くなる。そして、七夕竹彦を必ず……」
*
東京、アマガワ事務所。
キヨシが電話を切った。顔が青ざめている。
「どうしたんや?」
アスカが心配そうに聞いた。
「北海道が……カーカラシカのものになるって」
事務所が静まり返った。
「詳しく」
マリアが促した。
キヨシは説明した。おじさんから聞いた話を。キモン家がカーカラシカの五番目の大家として認められ、北海道の実効統治権を得たことを。
「つまり」
京介が重い口を開いた。
「日本は、領土を失ったということか」
「形式上は日本のままだけど……」
キヨシは頭を抱えた。
「実質的には、カーカラシカが支配する」
竹彦が不安そうに言った。
「セツナさんの立場も、より強くなったということですね」
「最悪」
マリアが短く言った。
「計画に見直し必要」
事務所に重い空気が流れた。事態は、想像以上に深刻な方向へ進んでいた。
「でも」
キヨシが言った。
「おじさんは、まだ諦めてない。他の三家と協力して、何とかする方法を探すって」
「希望的観測」
マリアが冷たく言った。
しかし、他に道はなかった。
窓の外では、東京の街が平和に見えた。しかし、その平和の下で、大きな変化が起きようとしていた。
セツナは今頃、カーカラシカで自分の新しい地位を謳歌しているだろう。そして、復讐の機会を狙っているに違いない。
「とりあえず」
アスカが言った。
「エンジニアの買収、進めようや」
「了解」




