第六十五話 「母と娘の対立」
北海道、キモン邸の奥座敷。セツナは母であるユキヒメの前に座っていた。彼女の赤い瞳は、興奮で爛々と輝いていた。
「母様、聞いてください」
セツナの声は熱を帯びていた。
「ハブのキヨシを使えば、七夕竹彦を仕留められます」
ユキヒメは無表情のまま、娘を見つめていた。その顔は純粋な日本人の美しさを持ち、黒髪に黒い瞳が静謐な光を宿していた。一方、娘のセツナは亡き父・メルベル・ボムの血を色濃く受け継ぎ、金髪に赤い瞳という異国的な容貌だった。
「学校に呼び出させて、そこで……」
セツナは身を乗り出した。
「いえ、もっといい方法があります。あの事務所のメンバー全員を囮にして……」
「やめなさい」
ユキヒメの声は静かだったが、有無を言わせない響きがあった。
「え?」
セツナが驚いた。
「七夕竹彦には関わるな。絶対に」
「でも母様!」
セツナの顔が紅潮した。
「あいつは、うちの一族を殺したのよ! 精鋭のサムライたちが……」
「その話はもういい」
ユキヒメは手を上げて制した。
「五年前のことは、我々の失敗だった」
セツナの目が大きく見開かれた。
「失敗? 何を言ってるの、母様」
ユキヒメは深いため息をついた。
「あの時、白い林檎から依頼を受けたのは、金のためだった。莫大な報酬に目が眩んだ」
彼女の声には苦い後悔が滲んでいた。
「結果は藪蛇だった。送り込んだ者たちは全員返り討ちに遭い、我々は恐怖を知った」
「だからって!」
セツナが立ち上がった。
「このまま黙っているんですか?」
「黙っているのではない」
ユキヒメの声が厳しくなった。
「賢明に振る舞っているのだ」
母親は立ち上がり、窓の外を見た。雪が静かに降っていた。
「あの少年は、筋を通している。白い林檎が先に手を出し、彼の大切な人を殺した。報復は……ある意味で当然の権利だ」
「母様は臆病になっただけよ」
セツナが唇を噛んだ。
「私なら必ず……」
「聞きなさい、セツナ」
ユキヒメが振り返った。その表情は厳しかった。
「こちらから手を出さなければ、彼は何もしない。だが、もし手を出せば……」
彼女は言葉を切った。
「この家が、キモン家が消滅する」
セツナは母の言葉に震えた。怒りからか、恐怖からか、自分でも分からなかった。
「今は、カーカラシカとの同盟の方が重要だ。余計なことをするな」
「でも……」
「これは命令だ」
ユキヒメの声に、有無を言わせない力があった。セツナは悔しそうに拳を握りしめたが、それ以上何も言えなかった。
*
東京、アマガワ事務所。
マリアは機械をいじりながら、淡々と話していた。
「金で解決する」
キヨシは驚いた。
「金で?」
「カーカラシカにも、給料に不満のあるエンジニアはいる。探して、買収する」
マリアの提案は、いつものように現実的だった。
「技術者は金で動く。簡単」
京介が頷いた。
「確かに、危険を冒すより確実だ」
アスカも同意した。
「せやな。命かけるより、金で済むならその方がええ」
キヨシは考え込んだ。
「でも、俺だけじゃ決められない。おじさん……ハブ家に相談してみる」
「賢明」
マリアが短く答えた。
竹彦が不安そうに言った。
「セツナさんの件も……報告した方がいいかもしれません」
「そうだな」
キヨシは頷いた。
「あの子、マジで危ないわ」
竹彦は俯いた。
「セツナさんや、キモン家の人たちには申し訳ないことをしました。でも……」
彼は顔を上げた。
「僕は、謝罪のために死ぬつもりはありません」
その言葉には、静かな決意が込められていた。
「当然」
マリアが言った。
「死んでも、何も解決しない」
キヨシは携帯を取り出した。
「じゃあ、おじさんに連絡してみる」
電話が繋がり、キヨタカの豪快な声が聞こえてきた。
『おう、キヨシか! どげんしたとか?』
「あの、ちょっと相談が……」
キヨシは、セツナとの出来事、そして新しい方針について説明し始めた。
事務所のメンバーは、黙ってその様子を見守っていた。外では、東京の夜が深まっていく。
北海道では、セツナが自室で悔しそうに壁を殴っていた。
「絶対に……絶対に仇を討つ」




