第六十話 「ロミオとスパイ」
マリアの「色仕掛けしてきて」という爆弾発言の後、会議室には微妙な空気が流れていた。キヨシは椅子にもたれかかって、天井を見上げていた。
「でも、現実的に考えて」
竹彦が慎重に口を開いた。
「いきなりカーカラシカに行って『技術を教えてください』と言っても、教えてくれるわけがありません」
「そりゃそうだろうな」
キヨシが苦笑いした。
「ちょっとでも関係のあるところから当たらないと無理です」
マリアが振り返った。
「だから、セツナ」
キヨシは慌てて手を振った。
「無理無理! 俺をなんだと思ってるんだ! 007か何かかよ!」
その時、サヤカがクスクスと笑いながら茶々を入れてきた。
「でも、よくバレンタインチョコもらってるじゃん」
「それとこれとは違うだろ!」
キヨシが顔を真っ赤にして反論した。
「ていうか、それどこ情報だよ!」
「田中」
サヤカがあっけらかんと答えた。
「あの野郎!」
キヨシが叫んだ。
「そんな恋愛詐欺の産業スパイなんてできるわけないだろ!」
マリアが機械から顔を上げずに答えた。
「女は単純。きっと大丈夫」
「適当すぎるだろ、その根拠!」
竹彦が思い出したように言った。
「聞いた話だと、そのセツナって女の子は会議をボイコットして一緒に遊びに行こうと誘ったんでしょう? 冗談でしょうけど、キヨシさんに興味がある証拠です」
キヨシは頭を抱えた。
「あれは単なる場の雰囲気だろ……」
竹彦は端末を操作して、プロジェクターにセツナのプロフィールを映し出した。写真には、あの短い金髪に赤い瞳の少女が写っている。
「彼女は、カーカラシカの死亡している皇族、メルベル・ボムの娘です」
画面にはセツナの詳細な情報が表示されていた。年齢、出身地、家族構成、そして彼女の持つ政治的影響力についての分析。
「カーカラシカ国でも相当に影響力があるはずです」
竹彦が続けた。
「彼女と親しくなれば、カーカラシカの国の内部に入れるかも……」
トニーが心配そうに言った。
「でも、そんな重要な人物を騙すなんて……」
「騙すんじゃありません」
竹彦が訂正した。
「友好関係を築くんです」
「結果的に同じことだろ」
キヨシが呟いた。
竹彦が真剣な表情になった。
「キヨシさんの立場なら、自然に近づけます。ハブ家の跡取りとして、正当な理由もある」
キヨシが不安そうに言った。
「おじさんになんて言われるかわかんねえよ! ただでさえ仲悪そうなのに! 俺、あそこの家に近づくなって言われたんだぜ!?」
マリアが振り返った。
「ロミオとジュリエットになってきて。そして、情報を盗んできて」
キヨシは唖然とした。
「最悪なロミオとジュリエットだな、おい!」
アスカが爆笑した。
「ええやん、ええやん! 恋愛映画みたいで面白そうやん!」
「面白くねえよ!」
山口が心配そうに言った。
「でも、キヨシ、相手は美人なのよね?」
「それは……まあ、可愛いけど」
「可愛いって認めた!」
サヤカが指を指した。
キヨシは顔を真っ赤にした。
「そういう問題じゃないだろ!」
マリアが冷静に分析した。
「相手に好意があるなら、作戦は成功しやすい」
「好意って……」
「否定しないということは、肯定」
キヨシは観念したような表情になった。
「そこまで自惚れられねえよ……」
しかし、周囲の期待に満ちた視線を感じて、ついに折れた。
「わかったよ! やるだけやる!」
一同が安堵の表情を浮かべた。
「でも」
キヨシが付け加えた。
「まじであっさり失敗しても笑うなよ!」
竹彦が微笑んだ。
「大丈夫です。きっとうまくいきますよ」
「根拠は?」
「キヨシさんは思ってるより魅力的ですから」
「お世辞言ってもダメだぞ」
マリアが端末を操作しながら言った。
「とりあえず、北海道に行く理由を作る。モイモイの定期健診ということにしよう」
「定期健診?」
「アリアリ人からの正式な依頼として処理する。これなら自然」
トニーが頷いた。
「それなら怪しまれませんね」
アスカが手を叩いた。
「よっしゃ! キヨシの恋愛大作戦や!」
「恋愛じゃないって言ってるだろ!」
こうして、キヨシの人生で最も奇妙なスパイ活動の準備が始まった。果たして、高校生スパイは任務を成功させることができるのだろうか。




