第五十九話 「銀河政治の矛盾」
数週間が経ち、アンナムと日本の四家との交渉も、なんとなく軌道に乗ってきたようだった。表面上は穏やかな日々が続いているが、水面下では様々な動きが活発化していた。
キモン家は予想通り、カーカラシカ国との接近を加速させていた。連日のように使節団が「平和の象徴」と称して頻繁に出入りしており、文化交流イベントや経済協力会議が次々と開催されている。北海道とカーカラシカを結ぶ定期航路も開設され、実質的な統合への道筋が着々と進められていた。
アマガワ事務所では、マリア、トニー、竹彦の三人が深刻な表情で話し合いをしていた。キヨシが事務所に顔を出すと、いつものように機械をいじっていたマリアが、珍しく無表情のまま頬を膨らませていた。
「何悩んでんの?」
キヨシが気軽に声をかけた。
マリアは振り返ると、プリプリと怒った様子で答えた。
「この国の要求は矛盾している」
「矛盾って?」
トニーが資料を見ながら説明し始めた。
「銀河連盟に参加するためには、現地の星のテクノロジーで連盟本部の星に到達することが条件なんです」
キヨシは首を傾げた。
「でも、アマガワ事務所が自由に本部の星と行き来できるのに、地球代表を名乗ってないのはなぜだと思う?」
マリアが冷たい口調で問いかけた。
「確かに……言われてみれば変だな」
竹彦が困ったような笑顔で補足した。
「僕たちは宇宙人の技術を借りて移動してるんですよね。つまり、地球独自の技術じゃない」
マリアが続けた。
「つまり、日本がアンナムに依頼してきた技術提供と、連盟加盟の目的は相反するもの」
キヨシはようやく状況を理解し始めた。
「ああ、なるほど。宇宙人の技術を教えちゃったら、それは地球独自の技術じゃなくなるのか」
「そういうこと」
マリアが冷淡に頷いた。
「アンナムは企業であって、別に連盟に独立した文明として参加したいわけじゃない。その条件も満たしていない」
「なぜ?」
「組織力が小規模すぎる。しかも、得た技術はある意味全部パクリ」
トニーが苦笑いしながら付け加えた。
「下手に教えると、日本は連盟参加のための基準をクリアしないまま本部に到達してしまう。それが銀河連盟が未開発の惑星に近づくなと言っている理由の一つでもあるんです」
「つまり、日本は地球産のテクノロジーで銀河連盟に到達しなければならない」
マリアの説明に、キヨシは頭を抱えた。
「それって、めちゃくちゃ難しくない?」
「それが問題」
竹彦が深刻な表情になった。
「月に脱出したカーカラシカのボム一族の動向なんですが……」
マリアが資料を見ながら続けた。
「ニーナ女帝という天才の指導で、何か凄まじい推進力の装置を開発している。あとしばらくすると、連盟に到達できる実機を独力で完成させる予定」
「マジで?」
「そうなると、地球代表はカーカラシカということになる。日本は宇宙連盟参加の戦いに負ける」
キヨシは椅子にどっかりと座り込んだ。
「それヤバくない?」
「だが、カーカラシカの推進力が一体何なのかは、極秘中の極秘。マリアも宇宙人たちもよく知らない」
トニーが頭を掻きながら言った。
「アンナムとしては、アマガワ事務所も誰が代表になっても関係ないけど」
マリアが機械的に説明した。
「ニホンはかなり莫大な報酬を約束してくれた。なんとか勝たせたい」
その時、アスカが缶ビールを片手にふらりと現れた。
「そんなもん、簡単や」
一同の視線が一斉にアスカに向けられた。酒の匂いを漂わせながら、アスカは得意げに笑った。
「簡単って、何が?」
キヨシが身を乗り出した。
「宇宙に行く方法やろ?」
アスカがビールを一口飲んだ。
「なんでそんな難しく考えとるんや」
マリアが眉をひそめた。
「宇宙船を作るのは簡単じゃない」
「宇宙船なんかいらんねん」
アスカがニヤリと笑った。
「もっと手っ取り早い方法があるやろ」
竹彦が首を傾げた。
「手っ取り早い方法って?」
アスカがビールを置いて、真剣な表情になった。
「考えてみい。カーカラシカの連中が月で開発しとる技術やろ?」
「うん」
キヨシが頷いた。
「それを月に行ってこっそりパクってくる! これなら矛盾はないで。地球産の技術やからな」
キヨシは呆れたように言った。
「盗人猛々しいな……」
竹彦が苦笑いしながら答えた。
「まあ……正直それしかないかなとは思ってましたけど……」
しかし、マリアは冷静に反論した。
「彼らはそれを警戒している。忍び込むのは無理」
キヨシが提案した。
「竹彦とか京介さんやアスカさんで乗り込めば……」
マリアが冷たい視線を向けた。
「戦争でも起こしたい?」
竹彦が困ったような表情で補足した。
「それを考えなくても、カーカラシカの人たちは相当強力な戦力を揃えていますからね。きっと誰か死にます」
マリアが機械的に言った。
「金儲けでそこまではできない」
アスカが不貞腐れた。
「なんやなんや、うちのアイディアをバカにしよって!」
竹彦が思案深げに呟いた。
「怪しまれずに忍び込むには、まずは仲良くならないと……」
そして、ふと思いついたように言った。
「そういえば、キヨシさん」
キヨシは嫌な予感がして、慌てて耳を塞いだ。
「やだ!」
竹彦が困惑した。
「まだ何も言ってないですけど……」
「俺はただの依頼者なんだ! 危ないのは嫌だぞ!」
キヨシが叫んだ。
竹彦が遠慮がちに続けた。
「いや、ほら、キモンのお家の女の子と仲良しになれそうなんでしょ? ちょっとお話に行くくらいから始めば、なんとか……」
マリアが真顔で言い放った。
「彼女はある意味カーカラシカの皇族の一人だから好都合。キヨシ、ちょっと色仕掛けしてきて」




