第五十八話 「日常という名の異常」
会議が一段落すると、各家の代表者たちは連絡を取り合いながら対応を協議することになった。マサヨシがキヨシに向かって言った。
「ハブ家の跡取りとして、まずはアンナムの首領であるマリア殿と話し合いをしていただいた方がよろしいでしょう」
「そうですね」
キヨタカも頷いた。
「キヨシ、お前が一番彼らのことを知っとるからな」
キヨシは複雑な気持ちだった。数時間前まで普通の高校生気分だったのに、今では国家間交渉の使者として派遣されようとしている。
「屋上まで、お願い」
キヨシがアマガワ事務所に電話をかけると、トニーの驚いた声が返ってきた。
「屋上? キヨシくん、何か大変なことでも?」
「すぐに迎えに来て。説明は後で」
電話を切ると、サムライたちの幹部が奇妙な顔をしてキヨシを見つめていた。まさか高校生が空飛ぶ車で迎えに来てもらうなど、想像もしていなかったのだろう。
三十分ほど経った頃、ビルの屋上に見慣れた空飛ぶ車がふわりと着陸した。車体は相変わらずクラシックなデザインで、現代的な超高層ビルの屋上では異様に浮いて見える。
「キヨシさん、お待たせしました!」
竹彦が運転席から降りて、いつもの人懐っこい笑顔で手を振った。その後ろから山口とサヤカも降りてくる。
サムライたちは、空飛ぶ奇天烈なアンティーク車に目を白黒させていた。
「あれが……飛行機械か?」
「なんとも不思議な形じゃのう」
「ああいうもので移動するのか、宇宙人というのは」
山口がキヨシを見つけると、意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ねえ、キヨシ。学校のこと知りたい?」
サヤカも爆笑しながら続けた。
「もう大変よ! 昨日から校内が大騒ぎ!」
キヨシは慌てて手を振った。
「まじで今は何も聞きたくない! 後で、後で!」
急いで車に乗り込むと、キヨタカが心配そうに声をかけてきた。
「じゃあキヨシ、アンナムさんによろしくな。無理はするなよ」
「はい、おじさん」
車が空に舞い上がると、サムライたちの驚愕した顔が小さくなっていった。
「それで、何があったの?」
竹彦が運転しながら聞いた。
「色々と……説明するのも大変だけど」
キヨシは簡潔に会議の内容を説明した。聞いているうちに、山口とサヤカの表情も真剣になった。
「へえ、なかなか大変なことになってるのね」
サヤカが感心したように呟いた。
「でも、キヨシが国家級の交渉をするなんて、すごいじゃない」
山口が励ますように言った。
東京の事務所に着くと、マリアがいつものように端末の前で何かの機械をいじっていた。キヨシが入ってくると、振り返りもせずに聞いた。
「どうなった?」
「ええっと……俺が言うのも変なんだけど」
キヨシは困ったような顔で答えた。
「おじさんたちはまとまって、アンナムと仲良くしたいなって話になった」
「そう」
マリアの反応は素っ気なかった。
「でも、北海道は離脱するって……」
「そう」
再び同じ反応。マリアはドライバーを手に取り、また機械いじりに戻った。
トニーが書類を整理しながら口を開いた。
「じゃあ、仕事の話なんだけど……」
「ちょちょ! 待って待って!」
キヨシが慌てて手を振った。
「今すごい大変なんじゃないのか!? 国が分裂しそうなんだぞ!」
京介も心配そうにマリアを見た。
「マリア、大変なことだぞ。日本が分裂すれば、我々の活動にも影響が出る」
しかし、マリアは相変わらず冷静だった。
「たかが地球の島国の話」
そう言って、再び機械に向かった。
竹彦も呑気な調子で言った。
「そうそう、気にしすぎたらダメですよ。何とかなりますって」
アスカも肩をすくめた。
「まあ、政治のことはようわからんけど、うちらはうちらで仕事すればええんちゃう?」
キヨシは唖然とした。自分が必死に心配していることを、みんながあっけらかんと受け流している。
「でも、これからどうなるか分からないんだぞ」
マリアがようやく振り返った。
「私も最初はそうだった」
その声には、微かな優しさが込められていた。
「アンナムが壊滅して、パパが捕まって、全部終わったと思った。でも、なるようになる」
「なるようにって……」
「心配しても仕方ないことは、心配しない。できることだけをする」
マリアの言葉に、キヨシは少し安心した。確かに、彼女も様々な困難を乗り越えてきたのだ。
その時、山口が思い出したように言った。
「そうそう、学校の話だけど」
二宮も頷いた。
「五家の家の人だったって話になってから、校長がキヨシの登校のたびに挨拶するかしないかで、校内で賭けが始まってるのよ」
「え?」
サヤカが笑いながら続けた。
「それから、田中がすごいイキっててうざいの。『俺はハブ家の跡取りと友達だ』って言いまくってる」
「マジかよ……」
キヨシは頭を抱えた。政治的な問題だけでなく、学校生活も大変なことになっているらしい。
マリアが振り返った。
「会議に1時間出たくらいでは、何も人間変わらない。落ち着いて今まで通りして」
キヨシは、持たされた剣の包みを見つめた。重い現実の象徴のようなその包みを、そっと机の上に置いた。
「そうだな……今まで通り、か」
キヨシは深く息を吐いた。確かに、マリアの言う通りかもしれない。




