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第五十七話 「政治的覚醒」


 キモン家が去った後の会議室は、まるで爆弾が炸裂した後のような静寂に包まれていた。残された四家の代表者たちは、それぞれが深刻な表情を浮かべ、事態の重大さを噛み締めていた。

 マサヨシが重いため息をついて口を開いた。


「これは……想像以上に深刻な事態ですね」


 ヨシナオが拳を握りしめた。


「キモン家の離脱だけでも大問題なのに、カーカラシカとの同盟となると……」


 モトチカが低い声で呟いた。


「戦争に近い様相を呈してきたな」


 キヨシは、大人たちの深刻な議論を聞きながら、事態の全貌が見えずにいた。しかし、彼らの表情から、ただならぬ状況であることは理解できた。


「各家は、いわば日本の巨大な財閥、士族にあたります」


 マサヨシが説明を始めた。


「財界、政治、軍事に数多くの人材を輩出している。その影響力は計り知れません」


「つまり」


 ヨシアキが青ざめながら続けた。


「北海道が離脱するということは、単に一地域を失うということではない」


「そうです」


 マサヨシが頷いた。


「キモン家の影響下にある企業、政治家、軍人たちが、一斉にカーカラシカ寄りの姿勢を取ることになる」


 キヨシは、自分が学校で習ってきた政治の授業を思い出していた。


「新しい制度は素晴らしいんですよ」


 小学校の時の先生の声が蘇る。


「戦後、我が国は民主主義を導入し、平民の皆さんも政治に参加できるようになりました。首相や大臣にも、五大家出身でない方々が就任している」


「新しい世代の皆さんで政治に参加して、国をよくしていきましょう」


 中学の公民の授業で何度も聞いた言葉。テストでも模範解答として書いてきた内容。

 しかし、実態はこれなのか?

 キヨシは愕然とした。確かに表向きは議会制民主主義だが、実際の重要な決定は、この五大家の思惑で決まってしまう。それも、今は四家になってしまった。


「北海道とカーカラシカ国との交流は、今後ますます盛んになるでしょう」


 モトチカが予測した。


「最終的には、北海道がカーカラシカ国の実効支配下に入ることは避けられない」


「宇宙人騒動以前に、国際的な大問題になります」


 ヨシナオが苦い表情を浮かべた。

 マサヨシが深刻な声で続けた。


「国際社会において、我が国はかなりの軍事力でカーカラシカ国からの独立を実現し、その後も国際社会を牽引してきました」


「しかし、これは……」


 モトヤスが震え声で言った。


「政治的に考えると、日本が戦わずして移民政策によってカーカラシカ国に負けたことになる」


「しかも、重要な資源である聖火の噴出ポイントを奪われた」


 ヨシアキが付け加えた。

 会議室の空気が重くなる中、マサヨシがキヨシの方を向いた。


「ハブ家の跡取りである、キヨシ殿はどう思われますか?」


 突然意見を求められて、キヨシは慌てた。しかし、咄嗟に思い浮かんだ考えを口にした。


「あの……アンナムと結束を強化して、宇宙人の技術を吸収して、日本も銀河連盟に参加可能なテクノロジーを持って、カーカラシカに対応すべきだと思います」


 その瞬間、会議室がざわめき始めた。


「なるほど、技術力で対抗するということか」


「アンナムとの協力体制強化は確かに重要だ」


「銀河連盟参加を目指すという発想は斬新だな」


「しかし、リスクも大きい」


 代表者たちが激しく議論を戦わせ始めた。

 キヨシは急に冷や汗をかき始めた。


「あれ? 今俺、国の政治に口出しした? 思いつきで?」


 数ヶ月前まで、普通の高校生だった自分が、いつの間にか国家の重要な方針を決める会議で発言している。しかも、その発言を真剣に議論している大人たち。


「冷静に考えると……その五つの家の、九州の家の跡取りって、まさか俺?」


 現実が追いついてきて、ブワッと汗が吹き出した。


「今俺のあの言葉で、どんな運命が決まったんだ? ありえねえ……」


 頭の奥が痺れてくる。次々と起こる宇宙規模、国家規模、国際規模の話が自分の目の前で展開されている。そして、どうも自分がその話の中心的な登場人物の一人であることを、徐々に自覚し始めた。

 小学校の教室の風景が走馬灯のように蘇る。


「みんなで協力して、より良い国を作りましょう」


 先生の優しい笑顔。クラスメイトたちの無邪気な笑い声。


「将来の夢は何ですか?」


「警察官になりたいです」


 そう答えていた自分。平凡で平和な将来を夢見ていた自分。

 それが今では、国家の命運を左右する会議で発言している。

 キヨシは顔が青くなっていくのを感じた。


「おい、キヨシ」


 キヨタカが心配そうに声をかけた。


「大丈夫か?」


「は……はい」


 キヨシは震え声で答えた。しかし、実際には大丈夫ではなかった。自分の人生が、いつの間にか取り返しのつかないところまで来てしまったことに、ようやく気づいたのだった。

 議論は続いていたが、キヨシの耳にはもうほとんど入ってこなかった。ただ、自分が巻き込まれた巨大な渦の中で、どんどん深みにはまっていく感覚だけが残っていた。

 窓の外では、東京の街が平和に見えた。しかし、その平和も、この会議室での決定によって大きく変わってしまうかもしれない。

 キヨシは、もう後戻りできない道を歩み始めたことを、痛いほど実感していた。

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