第五十六話 「キモン家の離反宣言」
会議は膠着状態に陥っていた。各家の代表者たちが互いの顔色を窺い、誰も決定的な発言をしようとしない。空調の音だけが会議室に響き、重苦しい沈黙が続いていた。
マサヨシが咳払いをして、再び口を開こうとした時、ユキヒメが静かに立ち上がった。その動作には優雅さがあったが、同時に冷たい決意も感じられた。
「皆様、長時間のご議論、お疲れ様でした」
ユキヒメの声は澄んでいたが、どこか突き放すような響きがあった。
「しかし、このような日和見集団に付き合うのは、もう遠慮しておきます」
会議室の空気が一瞬で凍りついた。
「ユキヒメ殿、それはどういう……」
マサヨシが狼狽しながら問いかけた。
「アンナムにしても、結局は宇宙人に迎合する方針という点では、ミレニオンと変わらないでしょう」
ユキヒメは冷静に続けた。
「まあ、ミレニオンの時の方が良かったなんて責任追及をする方々よりかは、まだマシですけれど」
その言葉に、ヨシナオの顔が紅潮した。
「君は何を言っているんだ!」
「事実を申し上げているだけです」
ユキヒメは微笑みを浮かべたが、その笑顔には温かみがなかった。
セツナも母の隣で立ち上がった。
「お母様の言う通りです。みんな、いつまでもグズグズしてるから、こんなことになるんですよ」
モトチカが拳をテーブルに叩きつけた。
「キモン家は何を考えているんだ!」
ユキヒメは動じることなく答えた。
「我々は、カーカラシカ国との正式な同盟を宣言いたします」
会議室が爆発したかのような騒然とした状況になった。椅子を蹴飛ばして立ち上がる者、怒声を上げる者、困惑の表情を浮かべる者。それぞれの反応が入り乱れ、収拾がつかない状態になった。
「カーカラシカは我々の敵だぞ!」
ヨシナオが叫んだ。
ユキヒメの表情が一瞬、鋭くなった。
「それを我々に言うの?」
その声には、これまで押し殺してきた怒りが込められていた。
「移民政策の時に、あれこれと私たちだけに責任を押し付けて、本土でぬくぬくしていた連中が、よく言うわね」
キヨシは、ユキヒメの表情の変化に驚いた。それまでの冷静さが一気に吹き飛び、長年の積怨が表に出てきたのだった。
「見ての通り、我々は向こうの皇室とも深い関係があります」
ユキヒメが続けた。
「ボム家は宇宙に離脱して、月面で別の国を作っている。彼らの首領のニーナ女帝は天才よ」
セツナが誇らしげに付け加えた。
「私は向こうの皇室の親戚なの。うちの若手のほとんどは彼らの親戚よ」
「年配の連中も、旦那か奥さんはカーカラシカ人」
ユキヒメの声に哀しみが混じった。
「私の夫も、カーカラシカのメルベル・ボムという、まじりっけなしのカーカラシカ人でした」
キヨシは、ユキヒメの使った過去形に気づいた。夫はもういないのだろうか。
「メルベル・ボムといえば……」
マサヨシが息を呑んだ。
「あの塩化爆弾事件で……」
「そうです」
ユキヒメの表情が一瞬、苦痛に歪んだ。
「夫はニーナ女帝の義理の兄で、カーカラシカの重鎮でした。そして、あの爆弾で命を落としました」
会議室に重い沈黙が落ちた。塩化爆弾事件は、この世界の歴史を変えた大事件だった。その被害者の遺族がここにいるという現実に、全員が言葉を失った。
「だからこそ」
ユキヒメが静かに続けた。
「我々は、カーカラシカ人の宇宙人排斥……いえ、銀河連盟に参加可能なカーカラシカの一部になります」
ヨシアキが震え声で反論した。
「しかし、それは日本を裏切ることになるのでは……」
セツナが鼻で笑った。
「日本? 私たちにとって、日本って何なの?」
その言葉の冷たさに、キヨシは背筋が凍った。
「北海道に押し込められて、本土の連中からは厄介者扱い。カーカラシカとの混血だからって、いつも白い目で見られて」
セツナの声に怒りが込められていた。
「そんな国に忠誠を誓う理由なんてあるの?」
ユキヒメが娘の肩に手を置いた。
「セツナの言う通りです。我々にとって、日本はある意味で敵でした」
その瞬間、キヨシは理解した。キモン家の人々が背負ってきた複雑な事情を。本土から疎外され、カーカラシカとの板挟みになり、それでも日本の守護者として責任を果たしてきた苦悩を。
「だから」
ユキヒメが最後の宣言をした。
「我々は今日をもって、日本の守護者としての役割を放棄します」
「そんな……」
マサヨシが青ざめた。
「北海道の聖火は、カーカラシカが管理することになります」
キヨシは立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。事態の深刻さに、頭が回らない。
「これで、四家体制ということになりますね」
ユキヒメが皮肉な笑みを浮かべた。
「頑張ってくださいね」
セツナがキヨシに向かって手を振った。
「キヨシ、またね。今度は敵同士かもしれないけど」
その軽やかな調子が、かえって事態の深刻さを浮き彫りにした。
キモン家の一行が会議室を出て行くと、残された四家の代表者たちは、呆然としたまま立ち尽くしていた。
日本の守護者システムは、この瞬間に崩壊したのだった。




