第五十四話 「キモンの美女軍団」
一触即発の空気が徐々に和らいでくると、ホールの一角から華やかな女性の声が聞こえてきた。キヨシが視線を向けると、そこには明らかに他とは異質な集団がいた。
「あそこだけ華やかだな」
キヨシは思わず呟いた。ホール全体が黒いスーツを着た男性で埋め尽くされている中、その一角だけが別世界のような雰囲気を醸し出している。金髪、赤毛、栗色の髪に、青や鳶色の瞳。まるで北欧の貴族の集まりのような、異国情緒溢れる美女たちが集まっていた。
年齢層も様々で、老いを感じさせない上品な年配の女性から、クリクリとした顔つきの可愛らしい少女まで。しかし全員に共通しているのは、目鼻立ちがはっきりとした美貌だった。まるでファッション雑誌から抜け出してきたような、完璧すぎる容姿の持ち主ばかり。
その美女軍団の陰に隠れるように、何人かの男性も見えたが、明らかに肩身が狭そうな様子だった。
キヨタカがキヨシの肩を力強く叩いた。
「キヨシ、お前は肝が据わっとるな。大したもんじゃ」
周囲のハブ家の男たちも口々に褒め言葉を投げかけてくる。
「おやじにそっくりじゃ」
「ハブの血筋は伊達じゃなかとよ」
「あん山田って野郎を黙らせるとは、なかなかのもんじゃ」
キヨシは曖昧な笑みを浮かべながら応えた。内心では、自分の行動を振り返って冷や汗をかいているのだが。
「あそこはどこの家ですか?」
キヨシが美女軍団を指差して聞いた。
「あぁ、髪の色見てわかると思うが、キモンの家じゃ」
キヨタカが答えた。
「なんか、女性がほとんどですね」
「あぁ、どうもカーカラシカの国は、法力使いは女の方が強か血筋らしかからな。ああなったらしか」
ハブ家の男たちが、キモンの男性陣を見て苦笑いした。
「あいつら肩身狭そうじゃな」
「女ばっかりの中で大変そうじゃ」
キヨシも苦笑いを浮かべた。
「あっちに生まれなくてよかった」
その言葉に、仲間たちの間で小さな笑いが起きた。
しかし、キモンの女性陣の方でも、こちらを見て何やらヒソヒソと囁き合っている。
「ねえ、あの子可愛くない?」
「さっきの聞いた? 突っ張っちゃって、めっちゃ健気!」
「あんな小さいのに、よく言い返したわよね」
「キュンキュンしちゃう!」
女性たちの視線がキヨシに集中しているのを感じ取って、キヨタカが慌ててキヨシを隠すように身体を寄せた。
「おい、あいつらに関わるなよ」
キヨタカの表情が急に真剣になった。
「見た目は可愛かけど、あいつらは鬼じゃぞ。キモンちゅうのは『鬼門』と書いてキモンなんじゃ」
その時、女性グループの中から見覚えのある人影が現れた。短い金髪に赤い瞳の少女が、明るい笑顔でこちらに向かってくる。
ハブ一族の男たちが、一瞬身構えた。
「ねえねえ!」
少女の明るい声が響く。キヨシは、その顔に見覚えがあった。
「あ、あぁ……」
北海道で、異常に長いダックスフンドの世話をした時に出会った少女だった。確か、セツナという名前だった。
「私のこと覚えてる!?」
セツナが期待に満ちた目でキヨシを見つめた。
「あ、あぁ……セツナさんでしたっけ?」
セツナの顔が一気に明るくなった。
「覚えてくれてる! 嬉しい!」
そして手をパンパンと叩きながら続けた。
「さっきのかっこよかったよぉ! なんか映画みたいだったー! あの東京の偉そうな人に、ビシッと言い返しちゃって!」
キヨタカが眉をひそめた。
「知り合いなのか?」
「ちょっと前に会ったことがあります」
キヨシが答えた。
セツナは急に不満そうな表情になった。
「会議とかめんどくさーい!」
その公然とした発言に、周囲の空気が一瞬凍りついた。
「キヨシはどう思う? 私はそれぞれ好きにすればいいと思うんだけどなあ」
キヨシは困惑しながら答えた。
「ど、どうかな……まだ間もないから俺もよくわからないし……」
キヨタカが割って入った。
「それは今から話し合うことじゃ」
しかし、セツナは振り返ると、挑戦的な視線をキヨタカに向けた。
「おじさん、今はその子に話してんだけど」
またしても場の空気が緊迫した。キヨシは内心で泣きそうになった。
「変なフェロモンでも出てんのか?」
そんな心配をよそに、セツナは無邪気に続けた。
「ねえ、今から遊びに行かない? ちょっと抜け出そうよ。東京って面白いところがいっぱいあるでしょ?」
キヨシは心の中で叫んだ。
「もう姉と妹に今から追いついて、俺もしろくまアイス食べたい……」
その時、徳川家の人間らしき男性が大声で呼びかけた。
「皆さん、会場にお集まりください!」
セツナは名残惜しそうに手を振った。
「じゃあ、またねー!」
彼女が女性陣のところに戻ると、すぐに取り囲まれた。
「どうだった?」
「近くで見ても可愛かったー!」
「あの子、絶対いい子よ」
「今度、うちに招待しない?」
女性たちのワイワイとした声が聞こえてくる。
キヨシはどっと疲れを感じた。まだ会議も始まっていないのに、既に精神的に消耗している。
「おい、キヨシ」
キヨタカが心配そうに声をかけた。
「大丈夫か? 顔色が悪かぞ」
「はい……ちょっと疲れただけです」
キヨシは苦笑いを浮かべながら答えた。この先、いったいどんな試練が待っているのだろうか。




