第五十三話 「タワーでの対峙」
東京の巨大なシティタワーは、今日一日完全に貸し切られていた。高さ四十階を誇る超高層ビルの一階メインホールは、まるで近未来的な宮殿のような荘厳さを湛えている。天井は三十メートルはあろうかという吹き抜けで、巨大なシャンデリアが煌々と輝いていた。大理石の床は鏡のように磨き上げられ、そこに各地から集まったサムライたちの姿が映り込んでいる。
キヨシは入り口でその光景を見回して、思わず息を呑んだ。全国から集まった主要な家の代表者と、才能や知恵を認められた各家を支える幹部たち。総勢二百人を超える男たちが、広大なホールにひしめき合っている。全員が正装に身を包み、腰には刀を差している。その威圧感は、映画で見た任侠組織の大会合を遥かに凌駕していた。
「すげえな、これ……」
キヨシが呟くと、キヨタカが誇らしげに胸を張った。
「これでも主要な者だけじゃ。全国には、この何百倍、何千倍もの人数がおる」
五つの本家を中心とした巨大な組織体系。それぞれの本家を支える無数の分家、さらにその下に連なる末端の家々。想像するだけで、その規模の大きさに眩暈がしそうになった。
ホールの中央には、各地域ごとにグループが形成されている。北海道、東京、京都、四国、九州。それぞれの陣営が、微妙な距離を保ちながら配置されていた。空気には緊張感が漂い、まるで一触即発の状況を予感させる。
その時、東京のサムライを名乗る男がキヨシたちに近づいてきた。身長は百八十センチを超え、がっしりとした体格。インテリジェンスを感じさせる鋭い眼光と、それと相反するような冷酷さを兼ね備えた表情。スーツの仕立ても上等で、明らかに只者ではない雰囲気を醸し出している。
「ハブ家の皆さんですね」
男は丁寧に頭を下げたが、その笑みには挑発的な色が含まれていた。
「私、東京トクガワ家傘下の山田と申します」
キヨタカが警戒しながら応答した。
「九州ハブ家のキヨタカじゃ。こちらは甥のキヨシ」
山田の視線がキヨシに向けられた。品定めするような、値踏みするような目つき。キヨシは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「ハブ家ともあろうお方が」
山田の口調は表面上は丁寧だったが、明らかに皮肉が込められていた。
「こんな少年まで連れてくるとは……人手が足りないのではないかな?」
周囲の空気が一瞬で緊張した。他の男たちも注目し始める。
「それに」
山田は続けた。
「イタリアのマフィアと仲が良いという噂を聞きましたが」
キヨシの胸に、嫌な予感が走った。
「指名手配犯なんだって?」
山田の笑みが更に意地悪になった。
「懸賞金はいくらなんだい? 駄賃くらいにはなりそうだな」
その瞬間、ホール全体が静寂に包まれた。まるで時が止まったかのような、重い沈黙。
キヨタカの顔が紅潮し、前に出ようとした。
「このガキがあ……」
しかし、キヨシが叔父の腕を掴んで制した。山田の挑発的な視線と正面から向き合い、ゆっくりと口を開く。
「大したことはねえよ」
キヨシの声は、普段とは全く違う太々しい響きを帯びていた。まるで別人格が表に出てきたかのような変化。
「宇宙人を二、三匹切った程度だからな」
周囲の若い連中が、感嘆の口笛を吹いた。まさに映画のワンシーンのような緊迫した空気。
山田の表情に、わずかな動揺が浮かんだ。だが、すぐに冷笑を浮かべ直す。
「ほう……なかなか威勢が良いじゃないか」
「そんなナマクラだと」
キヨシは山田の腰の刀を一瞥した。
「宇宙人連中は切れないぞ。いや、腕の方が問題か」
山田の目つきが鋭くなった。
「いかにもインテリそうだな」
キヨシは挑発を続けた。
「学校か大学の体育では習わねえだろ、斬り方なんてよ」
「小僧……」
「どうせ宇宙人一匹切ったこともないんだろ」
キヨシの口調は益々大胆になった。
「やり方を教えてやるよ」
キヨタカすら、甥の豹変ぶりに唖然としていた。普段のおとなしいキヨシからは想像もできない、挑発的で攻撃的な態度。
山田の手が、ゆっくりと腰の刀の柄に向かった。その瞬間、ホール全体の緊張が最高潮に達する。二百人を超える男たちが固唾を呑んで見守る中、まさに一触即発の状況。
刀の柄を握る山田の手に力が込められた。鞘から刃を抜く直前の、あの独特の静寂。
「山田」
低く、威厳に満ちた声が響いた。年配の男性が山田の肩に手を置く。
「やめておけ。今日は会議が目的だ」
山田は悔しそうに歯噛みしたが、年長者の制止に従って手を刀から離した。しかし、その眼光は依然としてキヨシを睨み続けている。
「今度は、ゆっくりと話をしようじゃないか、少年」
山田はそう言い残して、仲間たちと共にその場を離れた。
緊張が解けると同時に、キヨシの背中に冷や汗が流れた。内心では完全にパニック状態だった。
「あ、あっぶねえええ……今、斬り合い直前だった? お前バカなの? なんで挑発した?」
自問自答しながら、自分でしでかしたことに自分でビビっている。足が震えそうになるのを必死に堪えていた。
一方、キヨタカは仲間たちに向かって誇らしげに語っていた。
「見ろ、キヨシは肝が据わっとる。眉毛ひとつ動かさん」
「さすがハブの血筋だ」
「あの山田を黙らせるとは、大したもんだ」
周囲の評価は上々だったが、当のキヨシは内心で絶叫していた。
「あぁ、映画で見たな、こういうシーン」
でも、映画と違って、これは現実だった。一歩間違えば、本当に血を見ることになっていたかもしれない。
キヨシは腰の刀の重みを改めて感じながら、この後に控えている会議への不安を募らせていた。こんな調子で、果たして無事に帰ることができるのだろうか。




