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第五十一話 「任侠映画の真ん中で」



 キヨシの目の前に、真っ黒なスーツが差し出された。生地の質感から判断するに、決して安いものではない。仕立ても上等で、まるで冠婚葬祭用の正装のようだった。


「これを着て行くんですか?」


「当たり前じゃ」


 キヨタカが当然といった顔で答えた。


「ハブ家の代表として恥ずかしくない格好をせんといかん」


 更衣室で着替えていると、鏡に映った自分の姿に驚いた。普段の高校生らしいカジュアルな服装とは打って変わって、まるで別人のような厳格さが漂っている。


「うわあ、なんか怖い人になってる」


 スーツを着終えて外に出ると、屋敷の前には黒塗りの高級車が数台並んでいた。運転手たちはみな黒いスーツに身を包み、サングラスをかけている。その光景を見た瞬間、キヨシの脳裏に確信が浮かんだ。


「あ、これ。見たことあるぞ。任侠映画のやつだ」


 まさか、その映像をど真ん中で肉眼で見ることになるとは思わなかった。しかも、自分がその一員として参加しているという現実が、さらにシュールさを増していた。

 男たちが手にしている長めの棒状の包みが、さらにそれっぽさを演出している。おそらく中身は刀だろう。現代の日本で、刀を持った集団が黒塗りの車で移動するなんて、冗談にしか思えない。

 車に乗り込む前に、キヨシはこっそりと自撮りを撮った。黒いスーツを着て、険しい顔をした自分の写真。これを茜に送ったら、どんな反応をするだろうか。

 案の定、数秒後に茜から爆笑の絵文字が返ってきた。続いて送られてきたのは、桜と一緒にしろくまアイスを分けて食べている写真だった。二人とも満面の笑みで、観光を心から楽しんでいる様子が伝わってくる。


「なんでこんなに違うんだよ」


 キヨシは思わずぼやいた。同じ家族なのに、片や楽しい観光旅行、片や任侠映画の世界。この落差は一体何なのだろう。

 車が走り出すと、キヨタカが説明を始めた。


「場所は東京じゃ。みんなが集まりやすいからな」


「キモン家も参加するんですか?」


「一応、参加すると聞いとる。じゃが、あいつらが素直に従うかどうかは分からん」


 キヨシの頭の中では、現実的な心配事が駆け巡っていた。


「まず、まだ学校は夏休みでもなんでもないし。果たして俺は高校を無事に卒業できるのか? テストは? 就職は?」


 大学受験のことも気になる。このまま任侠の世界に巻き込まれていったら、普通の進路は望めなくなるのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、隣に座っている親戚の人の顔が目に入った。頬に大きな傷跡があり、耳がちょっと欠けている。明らかに、ただならぬ過去を物語る傷だった。

 キヨシは慌てて視線を逸らし、もう何も考えないことにした。


「もう、自分も難しい顔をして座っていよう」


 窓の外では、街行く人々が黒塗りの車列を見て驚いている。中には慌ててスマートフォンを取り出し、動画を撮影しようとする人もいた。


「おい、何撮っとるか!」


 キヨタカたちが車窓から鋭い視線を送ると、撮影していた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。報道陣らしき人たちも、遠巻きに写真を撮っている。


「明日あたり、学校で絶対に大騒ぎになるだろうな」


 キヨシは内心でため息をついた。SNSで拡散されれば、あっという間に話題になるだろう。「あの黒塗りの車列にハブ・キヨシがいた」なんて噂が流れるかもしれない。

 車内では、男たちが真剣な表情で話し合っている。


「京都での会議は、おそらく激しい議論になるじゃろう」


「キモンの小娘がどんな態度に出るか、見ものじゃな」


「アンナムとの関係も、しっかりと説明せんといかん」


 キヨシは話の内容を聞きながら、現実感のなさに戸惑っていた。つい数日前まで、自分はアマガワ事務所でのんびりとバイトをしていた普通の高校生だった。

 ちょっと思い直す。


「いや、普通のバイトじゃなかったな」


 宇宙人の依頼を受けて、巨大ダックスフンドの世話をしたり、銀河連盟に指名手配されたり、イタリアマフィアと踊ったり。どこが普通のバイトなのだろう。


「いや、こっちとあっちどっちがまともなんだ?」


 キヨシは自問自答した。アマガワ事務所での宇宙人相手の仕事と、今回のサムライ家系の重責。どちらも常識を逸脱している点では変わらない。

 それが今では、日本の守護者システムを巡る重要な会議に参加することになっている。


「人生って、こんなに急激に変わるものなんだな」


 車は高速道路に入り、東京に向かって走り続けた。車窓から見える景色は、いつもと変わらない平和な日本の風景だった。しかし、その平和の裏では、宇宙規模の争いが始まろうとしている。

 キヨシは再び桜たちの写真を見た。屈託のない笑顔が、遠い世界のもののように感じられた。


「せめて、この騒動が終わったら温泉に入りたい…」


 そんなささやかな願いを胸に、キヨシは東京での会議に向かっていった。任侠映画の登場人物として。

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