第五十話 「不本意な跡取り」
会議二日目の朝、キヨシは玄関先で桜と茜を見送っていた。
「お兄ちゃん、お土産楽しみにしててねー!」
桜が手を振りながら、観光バスに向かって駆けていく。
「キヨシ、私たちは黒豚とんかつと温泉を満喫してくるから!」
茜も楽しそうに笑いながら続いた。
「あぁ、うん……気をつけて」
キヨシは力なく手を振った。この後、またむさ苦しい男たちとなぜか重要な会議をしなければならない。妹たちの明るい笑い声が遠ざかっていくのを見ながら、心底羨ましいと思った。
バスが見えなくなると、キヨシは重いため息をついて屋敷に戻った。すると、女性陣が井戸端会議をしているのが聞こえてきた。
「キヨタカさんは男の子がねえ……」
「でも、甥っ子のキヨシくんがおるじゃないの」
「あの子、なかなかしっかりしとるみたいよ」
ねっとりとした鹿児島弁での会話が続いている。キヨシは足を止めて聞いていると、一人の女性がはっきりと言った。
「ハブ家の跡取りとして、期待されとるのよね」
キヨシの肩がガックリと落ちた。内心で呟く。
「あ、もうそれって確定なんだ……」
昼食後、キヨタカに呼ばれて奥の部屋に向かった。
「キヨシ、お前の父さんはどうしとるか?」
「父さんですか? アメリカで仕事してますけど……」
キヨタカは頭を掻きながら苦笑いした。
「父さんはこういうの苦手でなあ。昔からそうじゃった」
他の幹部たちも同席していたが、キヨシには彼らの視線の意味がよく分かった。キヨタカには娘しかおらず、九州の跡取りはキヨシだということを、既に公言していたのだ。
「もうだめだ……」
キヨシは内心で絶望した。
「アマガワ事務所と出会わなくても、俺って結局こうなる運命だったのね」
会議が始まると、キヨシの頭の中では現実逃避の思いが渦巻いていた。
「今から走って逃げ出したらどうなるかな? けどなあ……」
携帯電話に桜からメッセージが届いた。鹿児島市内の観光地での楽しそうな写真だった。続いて茜からも、黒豚ラーメンの写真が送られてくる。
「今から姉たちに混じって、黒豚ラーメンを食いに行きたい……温泉も行きたい……」
キヨシは心底羨ましくなった。
実は、会議に参加しているサムライたちの末裔も、昨夜から今朝にかけて、ある映像に釘付けになっていた。どこで手に入れたのか分からないが、キヨシが宇宙人相手に大暴れしている秘密の映像を眺めていたのだ。
「おお、これがキヨタカさんの甥っ子か!」
「イタリアのミレニオンの施設から逃走する時に、見張りをぶちのめしとるな!」
「銀河連盟の宇宙船での大暴れも、なかなかのもんじゃ!」
「キヨタカさんは、ええ甥っ子を持っとって羨ましかなあ!」
「うちの娘を嫁に貰ってくれんかなあ!」
鹿児島弁での賞賛の声が飛び交っていた。
その様子を見て、キヨタカも気分を良くしていた。会議が始まると、彼はキヨシの肩を強く抱いて、ニカッと笑った。
「わしたちは宇宙のことはあまり知らんから、教えてくれ!」
キヨシは内心で呟いた。
「イタリアマフィアの次はこれか……」
完全に諦念の境地だった。
キヨタカが大声で合図すると、ゾロゾロと全員が集まってきた。キヨシは、むさ苦しい時代錯誤な連中と膝を突き合わせることになった。
「さて、本題に入ろうか」
キヨタカが口を開いた。
「日本には五つの御神火の噴出場所がある」
「御神火?」
キヨシが聞き返した。
「聖火とも呼ばれとる。我々サムライの名門五家が、それぞれ守護しとるんじゃ」
年配の男性が説明を続けた。
「北海道のキモン家、東京のトクガワ家、京都のホウジョウ家、四国のチョウソカベ家、そして我々九州のハブ家じゃ」
キヨシは改めて自分の家系の重要性を理解した。ただの田舎のサムライ家だと思っていたが、実は日本の守護者の一角だったのだ。
「ミレニオンは、これらの守護者に資金援助をして調和を保っとった」
別の男性が付け加えた。
「じゃが、組織が壊滅したせいで、資金源を失って混乱しとる」
「特に問題なのは、北海道のキモン家じゃ」
キヨタカの表情が厳しくなった。
「カーカラシカ国との混血により独自路線を歩んどる。他の四家からは厄介者扱いされとるんじゃ」
キヨシは北海道で出会ったセツナのことを思い出した。彼女がキモン家の当主の娘で、カーカラシカとの混血により特殊な法力を持っていること。そして、ハブ家のキヨシに対して敵意を示していた理由も分かった。五家の中でハブ家が最も格上とされることへの反発だったのだ。
「京都のホウジョウ家から緊急招集がかかっとる」
キヨタカが続けた。
「音頭取りとして、全五家の代表者会議を開くそうじゃ」
「しかし、キモン家は他の四家の決定に従わず、カーカラシカと共同歩調を取ると一方的に宣言してしまった」
会議室に重い空気が流れた。
「この決定により、日本の守護者システムに亀裂が生じ始めとる」
キヨシは、自分の家系が巻き込まれる大きな争いの予兆を感じ取った。複雑な心境で、携帯電話に届いた桜の楽しそうな写真をもう一度見た。
「平和だなあ……」
そんな日常が、遠い昔のことのように感じられた。
「キヨシ」
キヨタカが彼を見つめた。
「お前には、この重責を背負ってもらわんといかん。覚悟はできとるか?」
キヨシは周囲の熱い視線を感じて、逃げ場を失った。全員が彼の答えを待っている。その重圧に押し潰されそうになりながら、ヤケクソ気味に鹿児島弁で叫んだ。
「未熟もんですが……覚悟はできてもす!」
内心では「できるわけねえだろ! おじさんもこういうことは早く言えよ!」と叫んでいたが、もうどうにでもなれという気分だった。
一同の顔が一斉にほころんだ。
「よか! さすがハブの血筋じゃ!」
「京都の会合では、ぶちかましてやろうぜ!」
「チェスト! チェスト!」
男たちが薩摩の雄叫びを上げ始めた。拳を突き上げながら、戦国時代さながらの気迫で叫んでいる。
「我らがキヨシがおれば百人力じゃ!」
「宇宙人どもにも負けん気概を見せてやろう!」
「ハブ家の名に恥じぬ戦いを!」
キヨシは内心で「もうだめだ……」と思いながら、苦笑いを浮かべるしかなかった。
キヨタカが満面の笑みでキヨシの背中を叩いた。
「よう言った! これでこそハブの男じゃ!」
周囲の興奮は収まる気配がない。年配の男性が涙を浮かべながら言った。
「久しぶりに若い血潮を見たわい。これで九州も安泰じゃ」
別の男性も続いた。
「キヨシ、お前がおれば他の四家も安心するじゃろう」
「特にあのキモン家の小娘にも、我らの力を見せつけてやれ!」
キヨシは携帯電話に届いた桜の温泉写真をチラッと見ながら、心の中で呟いた。
「俺も温泉に入りたかったなあ……」




