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第五話「アマガワ事務所」



 放課後の校舎から、奇妙な一団がぞろぞろと出てきた。


 最前を歩くのは金髪碧眼の部長、その後ろに国民的歌手の山口萌、さらに銀髪のサヤカ、猫目の二宮、そして東京一のサイコパス野郎こと七夕竹彦。最後尾には、この異様な大名行列に巻き込まれたキヨシがとぼとぼとついて行く。


「おい、あれ……」


「キヨシが文芸部と一緒に……」


「マジか、あいつ命知らずだな」


「明日学校来れるかな……」


 クラスメイトたちのひそひそ話が聞こえてくる。田中に至っては、まるで葬式に向かう友人を見送るような顔をしていた。キヨシは必死に「大丈夫だから」という視線を送るが、誰も信じていない様子だった。


 校門を出て商店街に入ると、一行は駄菓子屋の前で立ち止まった。


「おっ、ラムネある!」


 サヤカが店先を覗き込む。


「私はうまい棒がいい」


 二宮が財布を取り出す。


「ガムください」


 山口萌が無表情で言う。


 店番のおばちゃんが顔を出した。白髪混じりの髪を後ろで束ね、エプロン姿の典型的な下町のおばちゃんだ。


「あら、竹彦ちゃんたち。今日も賑やかね」


「こんにちは、田中さん!」


 竹彦が礼儀正しく頭を下げる。


「今日は新しい仲間を連れてきました!」


 おばちゃんの視線がキヨシに向けられる。人懐っこい笑顔に、キヨシも思わず緊張が解けた。


「まあ、新しい子? どこら辺に住んでるの?」


「あ、えっと、三丁目の方です」


「あら、近所じゃない! どこ中だった?」


「東中です」


「うちの孫と同じ学校よ! もしかして山田先生知ってる?」


 こんな普通の会話が、むしろキヨシを混乱させた。宇宙人だの記憶処理だの言っていた連中が、駄菓子屋のおばちゃんと世間話をしている。この温度差は一体何なのか。


「はい、これみんなの分」


 おばちゃんが小さな紙袋を渡してくる。中にはラムネ、うまい棒、ガムの他に、おまけのアメが入っていた。


「おばちゃん、これ多すぎません?」


 部長が財布を出しながら言う。


「いいのよ、新入りさんの歓迎よ。竹彦ちゃんたち、いつもうちで買い物してくれるし」


 一行は駄菓子を分け合いながら、駅へと向かった。キヨシはコーラ味のうまい棒を齧りながら、この奇妙な日常感に戸惑っていた。


           *


 電車に乗り込むと、部長が隣に座ってきた。車内は帰宅ラッシュには早い時間帯で、そこそこ空いている。


「さて、キヨシ君。我々の活動について説明しよう」


 部長は声を落とし、周囲に聞こえないよう配慮しながら話し始めた。


「我々文芸部は、表向きは普通の部活動だが、実際は自主的なインターンシップ、職業体験を行っているんだ」


「職業体験……ですか?」


「そう。竹彦君のバイト先……いや、正確に言うと彼がオーナーなんだが」


 キヨシは竹彦を見た。あのサイコパス高校生が、会社のオーナー?


「まあ、彼はそういう経営とかは得意じゃないからね。実際の運営は大人がやっているんだが、我々はそこにお邪魔して、様々な社会経験を積んでいる。それがこの部活の今のメインなんだよ」


「なんの会社なんですか?」


 部長は意味深に微笑んだ。


「それは着いてからのお楽しみだ」


           *


 電車を降りて十分ほど歩く。住宅街から商店街、そして路地裏へ。東京の風景が次第に変わっていく。古い建物が並ぶ細い路地を抜けると、突然視界が開けた。


 そこは東京の真ん中とは思えないほど、妙に広い空間だった。周囲の建物がまるでこの場所を避けているかのように、不自然な空き地が広がっている。


 その中央に、レトロな三階建てのビルが建っていた。一階部分には「アマガワ事務所」という看板。文字は手書きで、なんとも味のある字体だった。


「ここが……」


 キヨシが呟いた瞬間、事務所のドアが勢いよく開いた。


「おー! お前らどないしたん?」


 現れたのは、長身の女性だった。いや、長身という言葉では足りない。優に180センチは超えているだろう。黒いスーツに身を包み、サングラスをかけ、腰まである黒髪を後ろで一つに束ねている。そして手には、人が入れそうなほど巨大な包みを軽々と抱えていた。


「なんや知らん顔おるけど! 新人か?」


 関西弁が事務所前に響く。これがアスカという人物らしい。


「アスカさん!」


 竹彦が嬉しそうに駆け寄る。


「新入部員のキヨシさんです!」


 アスカはサングラスを少し下げて、キヨシをじっと見た。その瞳は鋭く、まるで値踏みされているような気分になる。


「おー……あれ?」


 急にアスカの表情が変わった。


「こいつ、この前助けたパンツ野郎やん? 処理上手くいかんかったん?」


 キヨシの顔が真っ赤になった。パンツ野郎。その呼び名は勘弁してほしい。


 部長が苦笑いを浮かべる。


「そうなんだよ。でも彼には才能があるから、私たちの仲間になってもらおうと思ってね」


「さよか」


 アスカはあっさりと納得すると、ポケットから煙草を取り出した。火をつけ、ふーっと煙を吐き出す。その仕草は妙に様になっている。


「ええんちゃう? 人手不足やし。最近、妙な依頼ばっかり来よるしな」


「妙な依頼?」


 山口萌が興味を示す。


「昨日なんか、『うちのペットが光ってる』って相談来てな。行ってみたら、ホンマに光っとった。なんやあれ、新種の蛍か思たわ」


「それ、解決したんですか?」


 二宮が尋ねる。


「いや、逃げられた。めっちゃ素早かってん。壁すり抜けよったし」


 壁をすり抜ける光るペット。キヨシは聞かなかったことにしようと決めた。


「そういえば、所長は?」


 部長が話題を変える。


「ああ、しょちょーは上で仕事しとるわ」


 アスカは天井を指差した。


「マリアがなんか宇宙船ぶっ壊しよってな」


 宇宙船。やっぱり聞かなかったことにしよう。


「またか……」


 竹彦が頭を抱える。


「この前も分解して組み立て直せなくなってましたよね」


「せやねん。天才なんか馬鹿なんかわからへんわ、あの子」


 アスカは煙草の灰を携帯灰皿に落とす。


「あんまいじめるといじけるから、なんかフォローしたってや」


「了解です!」


 一行は事務所の中へ入っていく。キヨシも恐る恐る足を踏み入れた。


 中は外観から想像するより広く感じられた。一階は受付とロビーになっており、古いソファと机が置かれている。壁には奇妙な写真や新聞の切り抜きが貼られていた。


 『謎の発光体、都内で目撃相次ぐ』

 『行方不明のペット、一週間後に別の県で発見』

 『深夜の公園に謎のクレーター』


 どれも都市伝説めいた内容ばかりだ。


「さあ、上に行こう」


 部長に促され、階段を上る。二階に着くと、廊下の奥から声が聞こえてきた。


「だから! この部品はここじゃないでしょ!」


「違う、そこ」


「ああもう! なんで動かないのよ!」


 女の子の癇癪混じりの声と、男性の落ち着いた声。


 ドアをノックすると、「どうぞ」という返事があった。


           *


 部屋に入ると、そこは機械部品が散乱した作業場のようだった。中央には銀色の奇妙な機械があり、その周りに二人の人物がいた。


 一人は銀髪の少女。マリアだ。油まみれの作業着を着て、スパナを振り回している。


 もう一人は、線の細い男性だった。白いシャツに黒いベスト、そして丸眼鏡。まるで昔の文豪のような風貌だ。


「ああ、みんな。お疲れ様」


 男性が穏やかに微笑んだ。これが所長らしい。


「所長! 新入部員を連れてきました!」


 竹彦が元気よく報告する。


 所長の視線がキヨシに向けられる。その瞳は優しいが、どこか底が見えない深さがあった。


「君がキヨシ君か。話は聞いているよ」


「は、はい」


「記憶処理が効かなかったそうだね。珍しいケースだ」


 所長は眼鏡を直しながら、キヨシに近づいてきた。


「でも、それは悪いことじゃない。むしろ、君には特別な素質があるということだ」


「素質……ですか?」


「そう。普通の人間とは違う、特別な何かがね」


 キヨシは困惑した。自分のどこが特別だというのか。


「まあ、難しい話は後にしよう」


 所長は手を叩いた。


「今日は歓迎会だ。みんなでお茶でも飲もう」


「その前に!」


 マリアが機械を指差す。


「これ、直して」


 目の前にあるのは銀色の奇妙な機械だった。見たことのない記号で埋め尽くされたパネル、虹色に光る配線、そして明らかに地球の技術ではない部品の数々。


「私のせいじゃ、ない」


 マリアが不機嫌そうに呟く。


「また?」


 サヤカが呆れたように言う。


「人のせいにしない!」


 竹彦も叱る。


 マリアは無表情のまま反論する。


「すぐに直せる。みんな大袈裟」


「これ……なんですか?」


 キヨシが恐る恐る尋ねる。


「宇宙船のエンジン」


 マリアが淡々と答えた。


「分解したら、組み立て方、忘れた」


「忘れたって……」


「バカは黙ってて」


 マリアの言葉は短く、感情が読めない。まるで人間の感情を学習中の機械のような話し方だった。


 宇宙船のエンジン。キヨシは天井を見上げた。いったい自分は、どんな世界に足を踏み入れてしまったのだろうか。


「大丈夫だよ、キヨシ君」


 部長が肩に手を置いた。


「すぐに慣れる。ここは確かに変わった場所だけど、悪い場所じゃない」


 窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。オレンジ色の光が、散乱した機械部品をキラキラと照らしている。


 普通じゃない。でも、なぜか居心地は悪くない。


 キヨシは小さくため息をついた。どうやら自分は、とんでもない場所に来てしまったらしい。

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