第四十八話「鹿児島の決断」
キヨシは自室のパソコンに向かい、航空会社のウェブサイトで鹿児島便の予約状況を確認していた。画面には「羽田-鹿児島 所要時間約2時間」という文字が表示されている。
「2時間か……空飛ぶ車なら30分もかからないのに」
そんなことを呟いてから、キヨシは自分の感覚がおかしくなっていることに気づいた。一般人にとって2時間のフライトは決して長くない。宇宙船やら空飛ぶ車やらに慣れすぎて、完全に感覚がバグってしまっている。
「うわあ、俺の常識、完全に壊れてるな」
階下から桜の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、一人だけずるい! 私も鹿児島行きたい!」
続いて茜の声も。
「キヨシくん、私も連れてってよ。最近勉強ばっかりで息抜きしたいのよね」
キヨシは困ったような笑みを浮かべながら、おじさんに電話をかけた。
「もしもし、おじさん? 家族も一緒に行ってもいいですか? 妹と姉が……」
「おお、キヨシか!」
電話越しに豪快な鹿児島弁が響いた。
「もちろんじゃ! みんなで来い、来い! せっかくじゃっで、家族みんなで遊びに来な!」
キヨシのおじさん、つまり父の兄であるキヨタカは、父親とは対照的な人だった。父は仕事の関係でアメリカに長期滞在しており、家族との距離があったが、キヨタカは甥のキヨシを可愛がり、季節の度に地元の特産品を送ってくれる人だった。
翌朝、学校への欠席連絡を終えたキヨシは、アマガワ事務所にも電話を入れた。
「モリーさん、しばらく休ませてもらいます。家の用事で鹿児島に……」
「えー!?」
モリーの困惑した声が聞こえた。
「キヨシくん、最近君の働きぶりに頼りきりだったのに……でも、わかった。家族のことは大事だからね。みんなで楽しんできて」
電話を切ってから、キヨシは複雑な気持ちになった。
「なんか、もう必要とされてるのかなあ」
自分がいつの間にか、事務所にとって重要な戦力になっていることへの戸惑いと、少しの誇らしさが入り混じっていた。
羽田空港で、茜は完全に旅行モードに入っていた。
「見て見て、キヨシ! 鹿児島の観光パンフレット! 桜島に温泉に、黒豚とんかつ!」
分厚いガイドブックを広げながら、目を輝かせている。普段は医学書に埋もれている姉が、こんなに無邪気にはしゃぐ姿は久しぶりだった。
「お姉ちゃん、それ全部回る時間あるかな?」
桜が苦笑いを浮かべた。
「大丈夫よ! 効率的にプランを立てれば……あ、でもキヨシの用事が優先よね」
鹿児島空港に到着し、路線バスと電車を乗り継いで目的地へ向かった。車窓から見える風景は、確かに本州とは違う空気を纏っていた。桜島の雄大な姿が遠くに見え、街並みにも南国の雰囲気が漂っている。
「やっぱり九州は違うわね」
茜が感嘆の声を上げた。
ハブ家の屋敷は、キヨシが子供の頃から変わらず威厳に満ちていた。黒い瓦屋根の重厚な建物は、まさに江戸時代から続く武家屋敷の風格を保っている。
「いつ見ても物々しいな」
門をくぐると、着物姿の女性たちがぞろぞろと出迎えてくれた。
「キヨシです! こんにちは!」
「おお、よく来なはったね!」
「大きゅうなって!」
「お姉ちゃんたちも美人になって!」
鹿児島弁での歓迎の声が飛び交う中、一人の中年女性がキヨシに近づいた。
「キヨタカさんが呼んでおいやす。奥の部屋で待っとってじゃ」
「はい、ありがとうございます」
キヨシは姉妹を女性たちに託し、案内されるまま屋敷の奥へと向かった。廊下を歩きながら、子供の頃の記憶が蘇ってくる。この屋敷で夏休みを過ごしたこと、おじさんに剣道を教わったこと、そして屋敷のあちこちに飾られた古い刀や甲冑を眺めて過ごした日々。
襖を開けると、そこには強面の中年から老年の男性たち、そしてキヨシより少し年上と思われる青年たちが車座になって座っていた。全員が腰に刀を差している光景に、キヨシは改めて眩暈を覚えた。
「こんな世界、今どきあるのかよ」
「おお、キヨシ!」
豪快な声と共に、キヨタカが立ち上がった。がっしりとした体格に日焼けした顔、鋭い目つきながらも温和な笑みを浮かべている。
「よう来たな。お前の親父は海外におるから、お前もこういう年頃になったし、ここでは俺を親と思ってくれ」
そう言って、キヨシを上座に座らせた。周囲の男性たちが一斉に視線を向ける中、キヨシは緊張で背筋が伸びた。
議論は既に白熱していた。
「新しいアンナムとやらと手を組むべきか、どう思うか?」
「ミレニオンが倒れた今、宇宙人どもが好き勝手しよる」
「焔の管理をどうするか、それが一番の問題じゃ」
「そもそも宇宙人を排斥すべきではないのか?」
キヨシは話を聞きながら、まるで歴史の教科書で読んだ光景を見ているような気分になった。黒船来航直後の攘夷派と開国派の議論も、きっとこんな感じだったのだろう。
「ハブさん、どう思いなさる?」
急に意見を求められて、キヨタカが立ち上がった。どうやらここでは彼がリーダー的立場にあるようだ。
「わしは、アンナムと話をした方がよかと思う」
キヨタカは懐からスマートフォンを取り出した。慣れない手つきで画面を操作しながら、何かの動画を探している。
「うちのキヨシが、向こうのマリアとかいう党首と仲がよかとよ。ほら、これを見てくれ」
画面に映し出されたのは、イタリアでの祝宴の様子だった。キヨシがイタリアマフィアたちに混じって、マリアと一緒にタランテラを踊っている映像が再生される。
「ちょっ!?」
キヨシは慌てたが、もう遅かった。動画を見た男性たちの間で、再び議論が激化した。
「これは裏切りではないのか?」
「そもそも裏切るも何も、ミレニオンとは金の付き合いだけじゃったろう」
「だが、宇宙人の手先になるというのは話が別だ」
「アンナムは宇宙人の組織ではない。地球の組織だ」
議論の矛先がキヨシに向けられた。
「キヨシ、お前はなんでアンナムを知っちょるんじゃ?」
キヨシは一呼吸置いてから、これまでの経緯を説明した。
「マリアの父親の京介さんが、ミレニオンに捕まっていたんです。敵討ちと救出のために、今回の作戦を実行した。僕はその手伝いをしただけです」
一同は「なるほど」と頷いた。
「そういうわけか」
「ハブさんとこの甥っ子はしっかりしとるな」
「助太刀して気に入られたっちゅうことか」
「じゃあ、ミレニオンが殺されても文句は言えんな」
キヨタカはキヨシの肩を力強く叩いた。
「よくやった! さすがハブの血筋じゃ!」
その豪快な笑い声に、周囲の緊張も和らいだ。
「じゃあ、みんな。我々はアンナムに与する。それでよかな!」
キヨタカの宣言に、一同が「異議なし!」と声を上げた。
キヨシは、自分がますますこの奇天烈で危険な道に全身どっぷりと浸かってしまったことを実感していた。周囲を見回すと、全員が腰に刀を差している。それが当たり前の光景として受け入れられている世界。
「俺、もう普通の高校生活には戻れないな」
そんな諦めにも似た思いと共に、キヨシは新たな運命を受け入れる覚悟を決めた。窓の外では桜島が静かに煙を上げ、まるで彼の心境の変化を見守っているかのようだった。




