第四十五話「ロングダックスフンドの世話」
アマガワ事務所の訓練スペース。
キヨシは床に大の字になって倒れていた。全身が汗でびしょびしょだ。
「まだまだだな」
京介が木刀を肩に担いで見下ろしていた。
「素質はあるが、基礎ができていない」
「もう……無理です……」
キヨシは息も絶え絶えだった。
京介の熱心な指導は、想像以上に厳しかった。剣技の基本から、法力の使い方まで、みっちりと叩き込まれた。
「君は賞金首なんだ」
京介は真剣な表情で続けた。
「身を守る術は必要だ。今日はここまでにしよう」
マリアが機械いじりの手を止めて、不機嫌そうに京介を睨んでいた。
「パパ、新人ばかり構ってる」
彼女の声には明らかな不満が滲んでいた。
京介は苦笑いを浮かべた。実を言うと、彼は弟子の存在に飢えていた。マリアは娘同然で、厳しく鍛えることができなかった。その鬱憤を、キヨシで発散させているのだが、それはマリアには内緒だった。
「マリア、君にも後で新しい技術を教えるよ」
「……ふん」
その時、所長のモリーが手を叩いた。
「さて、仕事の話をしよう」
竹彦とアスカも集まってきた。
「今回の騒動で、アスカの名前がかなり売れたようでね」
モリーが書類を広げた。
「仕事の依頼が増えている」
アスカが胸を張った。
「おお、ウチも有名人か!」
「今日の依頼は……」
モリーが咳払いをした。
「アリアリ人からだ」
「アリアリ人?」
キヨシが首を傾げた。
モリーがプロジェクターを起動すると、小さな人影が映し出された。アリくらいの大きさの、人間のような姿をした生物だった。
「彼らは地球で独特な交通網を使用している」
次の画像が表示される。
そこには、信じられないほど長いダックスフンドが映っていた。
「ロングダックスフンドだ」
キヨシは目を疑った。
「なんだこれ……」
「全長は数千キロから、最大で一万キロに達する」
モリーが説明を続けた。
「アリアリ人は、この犬の体内を走る交通網を利用している」
「マジで意味がわからんな……」
キヨシが呟いた。
写真をよく見ると、頭の部分は普通のダックスフンドのサイズだった。ブリーダーらしき人物と一緒に写っており、頭だけなら普通の犬だ。ただし、胴体が異常に、本当に異常に長い。
「今回の依頼は、日本列島をまたがるダックスフンド、モイモイちゃんの世話だ」
モリーがタブレットを配った。画面には日本地図と、その上に重なるダックスフンドの体が表示されている。
「頭は北海道、尻尾は鹿児島まで伸びている」
「えええ!?」
全員が驚いた。
「モイモイちゃんは生きている。遊んでもらわないと不機嫌になるし、餌やりも必要だ」
タブレットには、かゆみポイントや頭の現在位置が表示されていた。
「尻尾の動きで機嫌を確認できる。機嫌が悪くなると、体調に変化が生じて、交通網の空調が臭くなったりする」
山口萌が到着した。
「遅れてごめんなさい」
サヤカと二宮も一緒だった。
「文芸部総出ね」
サヤカが笑った。
モリーが続けた。
「ブラッシングと餌やり、そして遊び相手。全員で分担して行う。日本旅行も兼ねてね」
「頭の世話は、犬を飼った経験のある人がいい」
キヨシが手を挙げた。
「昔、実家で飼ってました」
「私も」
萌が頷いた。
「小さい頃だけど」
「では、キヨシと山口さんは北海道へ。頭の世話を頼む」
マリアがさらに不機嫌になった。今度はキヨシが萌と二人で北海道に行くという。
「尻尾はアスカとサヤカ」
モリーが続けた。
「鹿児島だ」
「胴体中央部は竹彦と二宮さん。本州中部でブラッシング」
「マリアと京介は、全体の連絡調整と、餌の準備」
京介が困惑した表情を浮かべた。
「これは……外国の犬種は変わってるな」
彼はまだこのコズミック感に慣れていないようだった。
アスカがふと気づいた。
「あれ? これ、ウチが有名になったことと関係あらへんのちゃう?」
全員が苦笑いした。確かに、名前が売れたからといって、なぜダックスフンドの世話なのか。
モリーが咳払いをした。
「実は、モイモイちゃんの機嫌が最近悪くてね。アリアリ人の交通に支障が出ている。で、地球で評判の良い事務所を探していたら、我々の名前が挙がったそうだ」
「評判って……」
キヨシが呆れた。
「『銀河指名手配犯だけど、仕事はきちんとする事務所』として有名らしい」
竹彦が明るく言った。
「それって褒められてるんですかね?」
マリアが立ち上がった。
「とにかく、仕事。準備する」
彼女は倉庫に向かった。巨大なブラシや、大量のドッグフードを運び出し始める。
キヨシは萌と顔を見合わせた。
「北海道、行きますか」
「そうね」
萌が微笑んだ。
「モイモイちゃんに会うのが楽しみ」
京介はまだ状況を理解しきれていない様子だった。
「数千キロの犬……どうやって餌を食べるんだ?」
「頭で食べて、胴体を通って……」
モリーが説明しようとしたが、途中で諦めた。
「実際に見た方が早いでしょう」
準備が整い、全員が出発の準備を始めた。
日本縦断、ロングダックスフンドの世話という、前代未聞のペットサービスが始まろうとしていた。




