第四十四話「新しい日常」
夕暮れ時、キヨシが家のドアを開けると、リビングから楽しそうな声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、おかえり〜」
桜が振り返った。その手には、見たこともない高級そうなチーズが握られている。口の周りにはチーズのかけらがついていた。
「これ、すっごく美味しいよ!」
茜も医学書を脇に置いて、ワイングラスを傾けていた。未成年なのに堂々としたものだ。
「キヨシくん、イタリアのお友達、センスいいじゃないか」
テーブルの上には、イタリアからの贈り物が所狭しと並んでいた。柑橘系のジュース、数本のワイン、色とりどりのお菓子、そして各種チーズ。まるで高級デリカテッセンの陳列棚のようだった。
「ガールフレンドが来たよ」
桜がにこにこしながら言った。
「銀髪の、すごく綺麗な子。マリアちゃんだって」
「無表情だったけどね」
茜が付け加えた。
「でも、礼儀正しかったよ。これ全部置いていった」
キヨシは深いため息をついた。
『ファミリーっていうからには、家族ぐるみになるってことね……』
内心でそう納得しながら、ソファに腰を下ろした。もう抵抗する気力もない。
「美味しいから、お兄ちゃんも食べなよ」
桜がチーズを差し出した。
「……ああ」
翌日の休日。
キヨシはいつものようにアマガワ事務所へ向かった。狭い路地を抜け、古びた建物の扉を開ける。
中では、いつもの光景が広がっていた。
マリアは床に座り込み、何やら複雑な機械をいじっている。細かい部品が周りに散らばり、半田ごての煙が立ち上っていた。
アスカと京介は、接待用のソファに並んで座り、無言でテレビを眺めていた。バラエティ番組が流れているが、二人とも真剣な顔で見つめている。まるで重要な情報番組を見ているかのような真剣さだった。
所長のモリーは、デスクで書類と格闘していた。
「おはようございます」
キヨシが挨拶すると、全員が一斉に顔を上げた。
「おはよう」
マリアが短く返した。
「おう、キヨシ!」
アスカが手を振った。
「おはよう」
京介も穏やかに挨拶した。
モリーは眼鏡を直しながら頷いた。
キヨシは奇妙な感覚を覚えた。
『なんか……馴染んでるな』
まるで最初からここにいたかのような、不思議な一体感があった。
京介が立ち上がり、キヨシに近づいてきた。
「実は、今日から私もここで働くことになった」
彼は軽く頭を下げた。
「よろしく頼む」
キヨシは驚いた。
「ええっと……イタリアの方はいいんですか?」
彼は京介とマリアを交互に見た。
「マリアもそうだけど、実家が復活したわけだし……」
マリアが顔を上げた。手には小さなドライバーが握られている。
「どうせ車があれば、イタリアまですぐ」
彼女は肩をすくめた。
「どこに住んでても、変わらない」
そして、部品を組み立てながら付け加えた。
「引っ越し、面倒」
京介がキヨシの肩に手を置き、耳元で囁いた。
「実はな、マリアはここにすごい思い入れがあるんだ」
声をさらに潜めて続ける。
「初めてできた友達が、ここにいるからね。学校の友達も、事務所の皆も」
京介は優しい目でマリアを見つめた。
「イタリアには部下は山ほどいるが、友達はいない。だから、もうしばらくマリアをお願いするよ」
キヨシは小さく頷いた。
アスカがテレビを指差した。
「おい、見てみい! また俺らのニュースや!」
画面には、『イタリアマフィア、日本にも拠点か』というテロップが流れていた。
「消して」
マリアが即座に言った。
「えー、面白いやん」
アスカが抗議した。
モリーが咳払いをした。
「さて、今日の仕事の話をしようか」
彼は手元の書類を広げた。
「実は、ポポロッカ星から感謝状が届いてね」
「感謝状?」
キヨシが首を傾げた。
「山口萌のコンサートの件だよ」
モリーが説明した。
「おかげで文化交流が進んだとかで」
マリアが顔を上げた。
「報酬は?」
「もちろん、たっぷりだ」
モリーが笑った。
京介が腕を組んだ。
「しかし、私たちは銀河指名手配犯なんだろう? 大丈夫なのか?」
アスカが笑った。
「ポポロッカ星も銀河連盟の加盟国やけど、連盟の忠告を聞くかどうかは別問題や」
モリーが補足した。
「銀河連盟は、星の公式機関が恒星間航行に成功すれば自動的に加盟となる。でも、加盟と協力は別物だ」
「なるほど」
京介が納得した。
マリアが機械から顔を上げた。
「竹彦みたいに、戦士連盟0級は全員指名手配。でも、仕事は普通に来る」
「0級が全員指名手配って、どういうシステムなんだ」
キヨシが呆れた。
「強すぎるから」
マリアが簡潔に答えた。
キヨシは事務所の隅にあるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れ始めた。もう慣れたものだ。
香ばしい匂いが事務所に広がる。
「コーヒー、飲む人?」
「はい」
マリアが手を上げた。
「俺も」
アスカも手を上げた。
「私もいただこう」
京介が微笑んだ。
モリーも頷いた。
キヨシはカップを並べながら思った。
自分はもう立派なスジモン、犯罪者の仲間入りだ、コズミック的犯罪者、もう何もかもおしまいだ。




