第四十三話「ファミリーの絆」
放課後の文芸部室。
キヨシが扉を開けると、いつものメンバーが揃っていた。しかし、全員の表情が何とも言えない、微妙なものだった。
サヤカが最初に口を開いた。椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「兄貴! お勤めお疲れ様です!」
パシン。
山口萌の手が、サヤカの頭を軽く叩いた。
「バカなこと言わないの」
サヤカは頭をさすりながら、にやにやと笑っていた。
二宮が猫のような目を細めて、のんびりとした口調で言った。
「ニュース見ましたよー。B級指名手配ですかー」
彼女は手をひらひらと振った。
「有名人になりましたねー。サインもらっておこうかなー」
「やめてくれ」
キヨシは椅子に崩れ落ちた。
萌が立ち上がり、紙袋を差し出した。
「さっき、マリアちゃんから預かったわ。みんなで食べてって」
中を覗くと、イタリアの高級チョコレートの詰め合わせだった。金の箔押しがされた箱に、リボンまでついている。
「うわ、これ高そう……」
サヤカが椅子を回転させながら、鼻歌を歌い始めた。
「タララー、タラララタラララルーラ♪」
ゴッドファーザーのメインテーマだった。
「うちの国って、わかりやすいっていうか」
サヤカはチョコを一つ摘まんだ。
「まあ、身内に物を送り合う文化っていうか」
彼女は指を立てて説明を始めた。
「お礼の品はね、すぐに返すのが礼儀なのよ。ワインとか、オリーブオイルとか、チーズとか」
萌も頷いた。
「イタリアでは贈り物のやり取りが大切なのよね」
サヤカがキヨシに向き直った。
「日本の特産品とかどう? あんたの『実家』のあたりだと、何かない?」
その『実家』という言い方に、妙な含みがあった。
「鹿児島のさぁ……何か有名なやつ」
キヨシは少しムッとした。その言い方が気に食わない。でも、ふと思い出した。
「そういえば、墓参りの時に買ってきた、かるかんがたくさんあったな」
サヤカがパチンと指を鳴らした。
「いいんじゃない? すぐに返したほうがいいよ」
「なんで急ぐんだよ」
「時間が経つと、失礼になるのよ」
サヤカは真顔になった。
「特に、初めての贈り物交換は大事」
部長のモリーが、いつもの朗らかな笑顔で口を開いた。
「イタリアには豊かな贈り物文化があってね」
彼は窓の外を眺めながら続けた。
「贈り物は単なる物じゃない。関係性の証なんだ。マリアちゃんも、今回はキヨシ君にとても助けられたからね。仲良くしたいんだよ」
サヤカが鼻で笑った。
「よかったわね。完全にファミリーの身内認定よ」
キヨシは首を傾げた。
「ファミリーって何? さっきから言ってるけど。マリアもそんなこと言ってたな」
サヤカはチョコをもう一つ取りながら説明した。
「イタリアのマフィアはね、『ファミリー』っていう単位で動くの。血縁じゃなくても、信頼で結ばれた家族」
彼女は立ち上がり、窓際に歩いていった。
「まあ、よく言えば名士の集まり。悪く言えば……わかるでしょ?」
「俺はマフィアでもヤクザでもねえ」
キヨシは必死に否定した。
「盃も交わしてねえし……」
サヤカが振り返った。真顔だった。
「いや、動画で踊って、歌って、握手して、乾杯してたじゃん」
キヨシの顔が青ざめた。
「あれは……ただの宴会で……」
「イタリアじゃ、それで十分なのよ」
サヤカは椅子に戻った。
「一緒に踊って、一緒に飲む。それがファミリーの証」
二宮が占いカードをシャッフルしながら付け加えた。
「すごいことですよー。どこかの『家』のファミリーになるのって、普通は大変なんですよー」
萌も頷いた。
「チンピラはそれを夢見て、何年も下働きするのよ」
「そう」
サヤカがにやりと笑った。
「それを、あんたは数日で達成したわけ。よかったじゃん」
キヨシは頭を抱えた。
「よくねーよ!」
サヤカがトドメを刺した。
「ついでに言うとね」
彼女は人差し指でキヨシを指した。
「竹彦は、まあこの学校じゃただの不良扱いだけど」
そして、にやりと笑った。
「キヨシ、あんたは『イタリアマフィアの怖いおじさんたちと仲良く踊るやつ』」
彼女は椅子をくるりと回した。
「つまり、宇宙人のことを知らない連中からすると、あんたの方が上等のスジモンってことね!」
部室に笑い声が響いた。
部長が手を叩いた。
「さあ、今日の部活動を始めよう!」
彼は満面の笑みで、とんでもないことを言い出した。
「エイリアンの子供向けの、地球の絵本の読み聞かせの準備だ! みんなで絵を描いて準備しよう!」
相変わらず頭のおかしい部活動だった。
しかし、部員たちは楽しそうに画用紙を取り出した。
「どんな話がいいかしら」
萌が色鉛筆を選びながら言った。
「桃太郎とか?」
二宮が提案した。
「でも、鬼をやっつける話は、宇宙人には理解されないかもー」
「じゃあ、浦島太郎は?」
サヤカが筆を取った。
「亀を助けて、竜宮城に行く話」
「宇宙人に海の概念あるのかな」
萌が首を傾げた。
部員たちは真剣に議論を始めた。どうすれば宇宙人の子供に地球の文化を伝えられるか。
キヨシは呆然とその様子を見ていたが、ふと不安になった。
「なあ……俺がこんなことになって、姉貴の結婚とか就職に響かないかな?」
サヤカが筆を止めて振り返った。
「マリアのつてで何とかしてもらえば?」
その一言で、キヨシはさらに頭を抱えた。
どう足掻いても、スジモノとの関係が切れない。切ったら切ったで、イタリアマフィアに恥をかかせることになる。それは怖すぎてできない。
完全に詰んでいた。




