第四十二話「学校の異変」
坂の上高校、月曜日の朝。
キヨシは数日ぶりの登校で、少し緊張しながら校門をくぐった。イタリアでの出来事は、まるで夢のようだった。宇宙船での戦闘、マフィアの祝宴、そして銀河指名手配。
「まあ、学校じゃ誰も知らないだろ」
そう思いながら教室に入った瞬間、異様な空気を感じた。
クラスメイトたちが一斉に振り返り、そして……深々と頭を下げた。
「お、おはようございます、キヨシさん」
「さん?」
キヨシは困惑した。
「おい、なんだよその態度」
隣の席の男子生徒が、ペコペコしながら答えた。
「い、いえ、その……お疲れ様でした」
「は?」
担任教師が入ってきた。普段は厳しい中年の数学教師だ。
「あ、キヨシ君」
教師も妙に腰が低い。
「体調は大丈夫かね? 無理しなくていいからね」
「……はい?」
キヨシは完全に混乱していた。
昼休み、購買部に向かうと、生徒たちが道を開けた。まるでモーゼの海割りのようだ。
「キヨシさん、お先にどうぞ」
「一番いいパン、取っておきました」
購買のおばちゃんも満面の笑みだった。
「キヨシ君、今日は特別サービス! 半額……いや、今日は私の奢りよ!」
「え、ちょっと、なんで!?」
体育の授業では、さらに異常な事態が起きた。
普段は「根性!」「気合い!」と叫んでいる体育教師が、クーラーボックスを持ってきた。
「みんな、暑いだろう。スポーツドリンクを配る」
生徒たちは目を丸くした。この教師が飲み物を配るなんて、前代未聞だ。
そして教師はキヨシの前で立ち止まった。
「キヨシ君、ちゃんと飲んだ? 水分補給は大事だよ」
「……はい」
キヨシは恐怖すら感じ始めていた。
放課後、親友の田中を捕まえて、人気のない場所に連れて行った。
「おい、田中。なんなんだよ、今日の雰囲気」
田中は周囲を確認してから、小声で答えた。
「お前……知らないのか?」
「何を?」
田中はスマートフォンを取り出した。
「イタリアでの大事件、日本でも報道されてるぞ」
ニュースアプリを開く。
『イタリア・ミラノで大規模抗争』
『奇妙なパレード、実は抗争の一環か』
『地元企業ミレニオン、壊滅的打撃』
『老舗組織アンナム、勢力回復』
キヨシは青ざめた。
「でも、俺は関係ないだろ」
田中は別のアプリを開いた。SNSだ。
「これ見ろよ」
動画が再生される。
そこには、アンナムの屋敷での祝宴の様子が映っていた。キヨシが、明らかにカタギじゃない男たちと腕を組んで、タランテラを踊っている。
「誰が撮ったんだよこれ!」
「知らねーよ。でも、バズってる」
田中は続けた。
「それだけじゃない。お前の苗字、ハブだろ?」
「ああ」
「九州の……その筋の有名な家系と同じ苗字なんだよ」
キヨシの頭に、京介の言葉が蘇った。『私の実家から見て、上の家格だ』
「まさか……」
「噂では、お前んち、そっち系の繋がりがあるんじゃないかって」
田中は心配そうにキヨシを見た。
「それって、本当?」
キヨシは答えられなかった。
自分の家系が、本当にそういう繋がりを持っているのかは知らない。でも、京介の反応を見る限り、何かあるのかもしれない。
「俺……」
キヨシは自覚した。完全に、あっち側の世界に足を突っ込んでしまったことを。
田中が肩を叩いた。
「まあ、俺は気にしないけどな。お前はお前だろ」
「田中……」
「でも、他の奴らは違う。ビビってるよ、マジで」
田中は苦笑いを浮かべた。
「あ、そうだ」
田中がポケットをごそごそと探った。
「これ、これ」
ゲームセンターの優待券を差し出してくる。
「これ使うと半額だから。俺、あそこでバイトしてるんだよね」
そして、カバンから何かを取り出した。
「これ食べる?」
高級そうなウィンナーパンと、瓶入りの牛乳だった。明らかにコンビニの高い商品だ。
キヨシは呆れた。
「おい! 言ってることとやってること違うだろ!」
彼は田中の肩を掴んだ。
「パシリになってんじゃねえよ!」
田中はキョトンとした後、にやりと笑った。
「パシリ? 違うね」
彼は人差し指を立てた。
「これは知恵だよ」
むしろ清々しい顔で続けた。
「お前と友達でいることで、俺の株も上がる。win-winってやつ」
「お前……」
キヨシは呆れながらも、笑ってしまった。
帰り道、キヨシは複雑な気持ちだった。
普通の高校生活は、もう戻ってこない。銀河指名手配犯で、イタリアマフィアの関係者で、しかも家系まで怪しまれている。
「どうしてこうなった……」
スマートフォンが振動した。マリアからのメッセージだった。
『学校、大丈夫?』
短い文面だが、心配してくれているのが分かった。
『まあ、なんとか』
返信すると、すぐに返事が来た。
『困ったら、連絡して』
キヨシは小さく笑った。
とんでもない世界に巻き込まれたが、仲間もいる。
「まあ、なんとかなるかなぁ…うん」
夕日を背に、キヨシは家路についた。




