第四十話「ファミリーの再生」
イタリア、ミラノの裏通り。
古びた石造りの建物が並ぶ中、ひときわ温かな光が漏れるレストランがあった。「リストランテ・アンナム」。表向きは家族経営の小さな店だが、その奥の部屋では、歴史的な瞬間が訪れようとしていた。
竹彦は包帯だらけの体をソファに横たえ、腹を押さえていた。
「いてて……」
キヨシが隣に座り、呆れたような、恐れたような複雑な表情を浮かべた。
「おい、元気になってよかったけどさ……なんでお前、『いてて』で済むわけ?」
彼は竹彦の包帯を指差した。腹部を貫通した傷、全身の切り傷。普通なら即死級の怪我だ。
「体の作り、雑すぎない? マジで人間か?」
竹彦はその質問を華麗に無視して、天井を見上げた。
「はあ……」
深いため息をついた。
「本当に今回は死ぬかと思いました……危機一髪でしたね……」
「無視すんなよ」
キヨシが突っ込んだ。
アスカが医療キットを片付けながら笑った。
「まあええやん。生きてるんやから」
彼女も腕に包帯を巻いているが、すでに傷は塞がりかけていた。
「ウチらも大概やけどな」
その時、部屋の扉が開いた。
黒いスーツを着た男たちが、静かに入ってきた。年配の者もいれば、若い者もいる。皆、どこか緊張した面持ちだった。
最初に入ってきた白髪の老人が、京介の前で立ち止まった。
「ドン・京介……」
老人の目に涙が浮かんでいた。
「お帰りなさいませ」
京介は戸惑いながらも、立ち上がった。記憶の奥底から、この男の顔が浮かび上がる。
「ロベルト……なのか?」
「はい」
老人は深く頭を下げた。
「6年間、お待ちしておりました」
続いて、他の男たちも次々と京介に挨拶をしていく。
「お帰りなさい、ドン」
「無事でよかった」
「ファミリーが、また一つになれます」
そして全員が、マリアの前に膝をついた。
一人ずつ、彼女の手を取り、手の甲に恭しくキスをしていく。
「ドンナ・マリア」
「アンナム家の正統な後継者」
「我々は、あなたに忠誠を誓います」
マリアは無表情だったが、その瞳には感慨深いものが宿っていた。
キヨシは目を丸くして、その光景を見ていた。
「なんだこれ……映画みたいだ……」
竹彦も興味深そうに眺めていた。
「へー、本物のマフィアってこんな感じなんですね」
部屋はどんどん人で埋まっていく。男たちは家族を連れてきた。妻や子供たち。皆、京介とマリアに挨拶をする。
子供たちは少し怯えながらも、マリアに花を差し出した。
「ドンナ、これ……」
マリアは初めて、小さく微笑んだ。
「ありがとう」
子供たちは嬉しそうに母親の後ろに隠れた。
ロベルトが立ち上がり、部屋にいる全員に向かって声を上げた。
「皆、聞け!」
部屋が静まり返った。
「我々アンナムは、鉄の結束を誇りとする!」
男たちが頷く。
「調和と信頼こそが、我々の力だ!」
「そうだ!」という声が上がる。
「そして今日、我々のファミリーは再生した! ドン・京介とドンナ・マリアの下で!」
歓声が上がった。拍手が鳴り響く。
キヨシは安堵のため息をついた。
「いやー、これで日本に帰れる……」
彼は椅子に深く座り直した。
「ミレニオンも壊滅したし、家族に迷惑かけなくて済んだぜ……」
マリアが立ち上がった。部屋が再び静まる。
彼女は集まった人々を見渡し、そして口を開いた。
「ファミリーの皆」
その声は小さかったが、全員に届いた。
「本当に、世話になった」
彼女は竹彦たちを示した。
「ファミリーは、アマガワの皆に、返せない恩がある」
男たちが頷く。
「彼らがいなければ、私はここにいない。パパも、戻ってこなかった」
京介が優しくマリアの肩に手を置いた。
竹彦はなんとか体を起こし、サムズアップをした。
「よかったね、マリア」
彼の笑顔は、相変わらず人懐っこかった。
キヨシがしみじみと呟いた。
「いやー、マジで大冒険だったな……」
彼は頭をかいた。
「宇宙船で戦うなんて、一生に一度あるかないかだろ」
「二度とごめんやけどな」
アスカが付け加えた。
マリアはキヨシに向き直った。
「キヨシ。世話になった」
「え、あ、いや……」
キヨシは照れた。
「アスカも」
マリアは続けた。
「おかげで、ファミリーの再建ができる。パパも、戻ってきた」
アスカは片手を振った。
「ええって。仕事やから」
しかし、その顔は満足そうだった。
すると、マフィアの男たちがゾロゾロと近づいてきた。
「あなた方は、ファミリーの恩人だ」
「ぜひ、握手を」
「息子に会ってやってください」
キヨシは次々と握手を求められ、困惑した。
「あ、はい、どうも……」
竹彦も包帯だらけの手で握手に応じた。
「はは、すごい歓迎ですね」
アスカは豪快に握手を返していた。
「おう! よろしくな!」
部屋は温かい雰囲気に包まれていた。
窓の外では、ミラノの夕日が石畳を黄金色に染めている。
ファミリーは、確かに再生した。血と涙の後に、新しい希望が芽生えた。




