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第四話「入部試験」



キヨシは部室の真ん中に座らされた。古びた座布団が妙に薄く、床の固さが尻に伝わってくる。周囲を囲む文芸部のメンバーたちは、まるで裁判でも開いているかのような雰囲気で彼を見下ろしていた。


「記憶を消すのが一番手っ取り早いんじゃないですか?」


竹彦が朗らかな笑顔でとんでもないことを言い出す。その口調はまるで今日の天気について話しているかのように軽い。


「いや、ボルボ星人のポルペンチ祭りに出品するってのはどう?」


サヤカが退屈そうに爪を見ながら提案する。


「去年の優勝賞品、結構良かったらしいよ」


「全部消そうよ、記憶」


二宮が猫のような目を細めて微笑む。


「その方が本人のためでしょ? 知らない方が幸せなこともあるし」


キヨシの顔から血の気が引いていく。ポルペンチ祭りって何だ。どういう祭りだ。出品って俺は商品か。


「諸君!」


突然、部長と呼ばれる金髪碧眼の大男が立ち上がった。その声は部室の壁を震わせるほどに響く。


「そんなひどいことを言ってどうするんだ! せっかくの入部希望者なんだぞ!」


キヨシは心の中で叫んだ。いやそんなことは一言も言ってねえよ! しかし、先ほどまでの恐ろしい提案に比べれば、この誤解はむしろ救いの手に思えた。慌てて頷く。


「ああ! 入部希望者だったんですね!」


竹彦が手を叩いて喜ぶ。その笑顔は相変わらず爽やかだが、キヨシには悪魔の微笑みにしか見えない。


部長は優雅な動作で立ち上がると、キヨシの前に膝をついた。まるでハリウッド映画から抜け出してきたような端正な顔立ちが、至近距離に迫る。


「ええっと、名前は?」


「き、キヨシです」


「キヨシ君か。いい名前だ」


部長は立ち上がると、部室の隅にある電気ポットから茶を注いだ。湯気が立ち上り、ほうじ茶の香ばしい匂いが部室に広がる。続いて棚から菓子箱を取り出し、キヨシの前に並べ始めた。煎餅、チョコレート、飴玉、なぜかカロリーメイトまである。


「悪いね、みんな人見知りでね。ははは! 緊張してるんだよ、新入部員なんて久しぶりだから」


部長の笑顔は太陽のように眩しいが、その視線が他のメンバーに向けられると、なぜか全員が背筋を伸ばした。まるで軍隊の上官に睨まれた新兵のようだ。


「見ての通り、大人数は無理な部室だ。文芸部だからね、みんな内気だし...」


部長は優しく微笑みながら、キヨシの肩に手を置いた。その手の重さが、妙に威圧的に感じられる。


「君の特技を教えてくれないか? ここはみんなお互いに助け合って活動してるささやかな部活なんだ。試すようなことをして申し訳ないが...」


キヨシは必死に頭を回転させた。特技。特技と言われても。成績は中の上、運動は中の下、顔は中の中。これといって人に誇れるものなど...


そうだ、ハーモニカだ。


小学生の頃、なぜか祖父に教わったハーモニカ。密かな趣味として続けていた、誰にも言ったことのない特技。


「ハーモニカが...できます」


部室に一瞬の静寂が訪れた。


「まじで?」


サヤカが身を乗り出す。


「見栄を張るとよくないですよ!」


竹彦が心配そうな顔をする。その表情の変化の速さに、キヨシは軽い眩暈を覚えた。


しかし部長は違った。彼は目を輝かせると、部室の奥の棚をゴソゴソと漁り始めた。埃っぽい段ボール箱をいくつも引っ張り出し、その中から...


「あった!」


なんと、ハーモニカが三本も出てきた。しかも一本は相当高級そうなクロマチックハーモニカだ。


キヨシは呆然とした。なぜ文芸部にハーモニカがあるのか。しかも複数。


「さあ、聞かせてもらおうか」


部長が差し出したハーモニカを受け取る。冷たい金属の感触が懐かしい。キヨシは深呼吸をすると、唇を当てた。


最初の音が響いた瞬間、部室の空気が変わった。


『故郷』のメロディーが流れ始める。うさぎ追いしかの山、小鮒釣りしかの川。素朴で懐かしい旋律が、狭い部室を満たしていく。


「おお...」


誰かが感嘆の声を漏らした。キヨシのハーモニカは、単なる演奏を超えていた。音の強弱、ビブラート、ベンド奏法まで使いこなし、まるで故郷の風景が目の前に広がるような演奏だった。


最後の音が消えると、部室に拍手が起きた。


「すごいじゃないか!」


部長が興奮気味に言う。


「確かに上手い...」


二宮も認める。


しかし、一人だけ違う反応を示す者がいた。


「私もできるじゃん!」


山口萌が突然立ち上がった。あの無表情で有名な山口萌が、頬を赤くして叫んでいる。


「私だってハーモニカくらい吹けるわよ! 歌手なんだから!」


サヤカが冷静に指摘する。


「いや、確実にあんたよりうまかったでしょ」


「ふざけんじゃないわよ!」


テレビでは決して見せない、素の感情を剥き出しにした山口萌。キヨシは唖然とした。あの国民的歌手が、自分にライバル心を燃やしている?


「落ち着け! みんな落ち着くんだ!」


部長が両手を広げて場を収める。その迫力に、山口も渋々座り直した。


「悪いが、音楽担当は萌君なんだ。他には何かないか?」


山口萌の敵意に満ちた視線が、キヨシに突き刺さる。その目は「次はないわよ」と言っているようだった。


キヨシは冷や汗をかきながら、次の特技を考える。そして、ふと思い出した。中学時代、漫画研究部で培った技術。


「ええっと、イラストを...」


その瞬間、竹彦の目が輝いた。いや、輝くという表現では足りない。まるで宝物を見つけた子供のように、全身で喜びを表現していた。


「絵が描けるんですか!? 本当に!? マジで!?」


「おお...」


メンバーたちがざわめく。


「逸材じゃない?」


「ついに来たか...」


「文芸部に必要な人材が...」


山口萌が鋭く割って入る。


「口だけならなんとでも言えるわ。証拠を見せなさいよ」


部長が素早く画用紙とクレヨンを持ってきた。なぜ文芸部にクレヨンがあるのか、もはやキヨシは疑問に思うことを諦めていた。


「じゃあ、何か描いてもらえるかな?」


キヨシは部長の顔を見上げた。その彫刻のような顔立ちは、絵心をくすぐる良い題材だった。


クレヨンを手に取る。久しぶりの感触だが、手は覚えていた。


最初に輪郭を取り、次に陰影をつけていく。金髪の質感、碧眼の深み、彫りの深い顔立ち。クレヨンという限られた画材でも、キヨシの手は正確に部長の特徴を捉えていった。


五分後、キヨシが顔を上げると、部室は静まり返っていた。


「すっげぇ...」


竹彦が絵を覗き込む。その顔は子供のような純粋な驚きに満ちていた。


「これ、プロ級じゃないですか!? 部長そっくり! いや、本物より男前に描けてる!」


部長も自分の肖像画を見て、満足そうに頷いた。


「素晴らしい。君は本物の才能を持っている」


山口萌が激しく舌打ちした。


「チッ...」


二宮が感心したように呟く。


「ガチ文芸部じゃん...絵も描けて、音楽もできるなんて」


キヨシは複雑な気持ちで周囲を見回した。褒められて嬉しい反面、この奇妙な集団の一員になることへの不安も募る。


そもそも、これは本当に文芸部なのか? 宇宙人がどうとか、記憶を消すとか、さっきまで物騒な話をしていたはずなのに、今は普通の部活動みたいな雰囲気になっている。


「じゃあ、決まりだな」


部長が立ち上がり、キヨシの手を握った。その握力の強さに、キヨシは思わず顔をしかめる。


「ようこそ、文芸部へ。君のような才能ある人材を待っていたんだ」


「あの、でも...」


「入部届けは後で書いてもらうから。今日から君も文芸部の一員だ」


竹彦が満面の笑みで肩を叩いてくる。その衝撃で、キヨシは前のめりになった。


「よろしくお願いします! 一緒に頑張りましょうね!」


山口萌がぷいっとそっぽを向く。


「別に認めたわけじゃないから」


サヤカが欠伸をしながら言う。


「まあ、使えそうだしいいんじゃない?」


二宮は相変わらずニコニコしている。


「運命の出会いかもね」


キヨシは状況を整理しようとしたが、頭が追いつかない。


昨日、宇宙人にさらわれて、今日、文芸部に入部することになった。しかもメンバーは東京一のサイコパス、国民的歌手、IQ200の天才、謎の占い師、そしてハリウッドスターみたいな部長。


これは夢なのか、現実なのか。


「さて、キヨシ君」


部長が真剣な表情で向き直った。


「君には知ってもらわなければならないことがある。我々文芸部の、本当の活動について」


キヨシの背筋に冷たいものが走った。



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