第三十七話「覚醒」
京介の体が激しく痙攣した。刀を持つ手が震え、頭を抱えて苦しみ始める。
「ああ……ああああ……」
記憶の断片が、激流のように押し寄せてきた。
若き日のルチア。彼女の美しい歌声。同じ旋律、同じ歌詞。
『Dormi, dormi, bambina mia...』
かつて諦めた恋人の歌声が、ゆっくりと、現実のマリアの声と重なっていく。母と娘。二人の声が完全に一致した瞬間、京介の意識に雷が落ちたような衝撃が走った。
あの夜。襲撃の夜。
ルチアの最後の言葉が蘇る。
『京介……マリアを、お願いね……』
血まみれの彼女が、最後の力を振り絞って託した言葉。
京介の目がゆっくりと開いた。
視界が鮮明になる。自分の剣が、竹彦の腕に深々と突き刺さっている。血が床に広がっている。
目の前では、マリアが涙を流しながら震えている。あの夜、自分が守ると誓った小さな女の子が、今、自分の刀の前で死を覚悟している。
少し離れた場所で、かつての親友が笑っている。マルコ・ジョルダーノ。一緒に夢を語り合った男。今は裏切り者として、高笑いしている。
ヴィンチェンツォ、アントニオ、ルカ。かつて共に戦った仲間たち。今は敵として、マリアの死を望んでいる。
そして、自分の周りには……
RVウイルス兵器たち。死んでなお戦わされている哀れな骸。自分と同じように、人間性を奪われた存在。
「殺せ!」
マルコの声が響く。
「何をしている! 命令だ!」
京介の目に、理性の光が完全に戻った。
彼はゆっくりと、竹彦の腕から剣を引き抜いた。竹彦が苦痛に顔を歪める。
「すまない……」
京介は小さく呟いた。誰に向けてかは分からない。
そして、大きく剣を振りかぶった。
マリアは目を閉じた。これで終わりだと思った。
しかし、刃は振り下ろされなかった。
京介の動きが、ぴたりと止まった。
「マリア……」
その声は、かつての優しさに満ちていた。
マリアは泣きながら、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、記憶していた通りの顔があった。厳しくも優しい、父親の顔。
京介は小さくウィンクした。そして、誰にも聞こえないような小声で囁いた。
「もう大丈夫だ」
マリアの瞳から、新たな涙があふれた。今度は、喜びの涙だった。
「パパ……」
マルコが苛立った声を上げた。
「何をしている! 早く殺せ!」
京介は振りかぶったままの剣を、突然後ろに向けた。
そして、他のRVウイルス兵器にめった斬りに振り下ろした。
ザシュッ! ザシュッ!
瞬く間に、三体のRVウイルス兵器が切り刻まれた。再生が始まる前に、完全に破壊されていく。
「なっ……!?」
マルコたち幹部が驚愕に目を見開いた。
京介は止まらなかった。振り返りもせず、そのまま幹部たちに向かって突進した。




