第三十六話「最後の子守唄」
マルコたち幹部は、勝利を確信して胸を撫で下ろした。
「やれやれ、ようやく終わったか」マルコは優雅に髪をかき上げた。「全く、すごい疫病神だな、マリア」
ヴィンチェンツォが嘲笑した。「0級もお前にかかれば藁人形も同然だ」
アントニオが腕を組んだ。「考えてみれば、アンナムが崩壊したのも、元はと言えばお前が生まれたからだ」
「そうだな」ルカが欠伸をした。「お前の親父が腑抜けになったのも、全部お前のせいだ」
マルコは京介を見ながら、しみじみと言った。
「京介も、お前の母親と結ばれていれば、こんな惨めな姿にならず、俺の親友でいられたんだがな......」
彼は過去を思い出すような目をした。
「ルチアは美しかった。京介にはぴったりの女だった。でも、彼女はジョヴァンニを選んだ。そして、お前が生まれた」
マリアは涙を流しながら、震えていた。
京介の刀が、ゆっくりと振り上げられる。
マリアは観念して、目を瞑った。
そして、小さく歌い始めた。
震える声で、幼い頃に聞いた子守唄を。京介がよく歌ってくれた、イタリアの古い歌を。
「Dormi, dormi, bambina mia...」
(眠れ、眠れ、私の子よ...)
マルコが驚いた。「ああ、その歌......懐かしいな」
ヴィンチェンツォも頷いた。「ルチアがよく歌っていた歌だ」
「最後のお祈りか」アントニオが鼻で笑った。
マルコは勝ち誇った笑みを浮かべた。「京介、よく聞いておけ。これが最後だ」
その命令で、京介の動きが止まった。刀を構えたまま、マリアの歌を聞いている。
「La luna veglia su di te...」
(月があなたを見守っている...)
竹彦が必死に京介の足を掴んだ。引き離そうとする。
「くそ......何か......何か方法が......」
京介は無表情のまま、竹彦の腕に剣を突き刺した。
「があああ!」
竹彦は動けなくなった。剣が腕を床に縫い付けている。
アスカは歯を食いしばった。
「くそ...!マリアのドアホ...」彼女は悔しそうに呟いた。「竹彦なら勝ってたのに、余計なこと言いよって...」
もはや見守ることしかできない。RVウイルス兵器に囲まれ、身動きが取れない。
マリアは歌い続けた。
「Stelle d'oro nel cielo blu...」
(青い空の金の星たち...)
京介の瞳が、わずかに揺れた。
機械的な無表情の中に、何かが蠢いている。
「Ti proteggeranno, piccola mia...」
(あなたを守ってくれる、私の小さな子よ...)
マルコが手を振った。「もういい。殺せ」
京介が刀を振り上げた。
しかし、その手が震えていた。
「どうした?」マルコが眉をひそめた。「命令だ。殺せ」
京介の顔に、苦悶の表情が浮かんだ。頭を押さえ、うめき声を上げる。
「う......ああ......」
マリアは目を開けた。涙で濡れた瞳で、京介を見つめる。
「パパ......覚えてる?この歌......」
京介の体が激しく震えた。記憶の断片が、頭の中で爆発するように蘇る。
小さなマリアを抱きしめながら、この歌を歌った日々。
ルチアと一緒に、三人で過ごした幸せな時間。
襲撃の夜、マリアを守って戦った記憶。
「マ......リ......ア......」
京介の声が、初めて人間らしい響きを帯びた。




