第三十五話「躊躇の代償」
血まみれのアスカは、片腕でマリアを、もう片腕でキヨシを抱えながら、必死に戦っていた。
「くそっ! 重いわ!」
RVウイルス兵器が三体、彼女に迫る。アスカは足技で応戦するが、両腕が塞がっているため苦戦は必至だった。
「ごめん、アスカ」
マリアが申し訳なさそうに言った。
「謝るな! 生きるんや!」
一方、竹彦と京介の戦いは激化していた。
竹彦は巧みに身を捻り、京介の斬撃を紙一重で回避し続ける。刀が髪の毛をかすめ、服を切り裂くが、致命傷は避けていた。
「だりゃあ!」
回避からのカウンターで、竹彦の拳が京介の顎を捉えた。京介が大きく後退する。
竹彦は追撃の構えを取った。全身の筋肉が膨れ上がり、決定的な一撃を放とうとする。
「これで……終わりだ!」
その瞬間、マリアの悲痛な叫びが響いた。
「やめて! パパを殺さないで!」
竹彦の拳が、空中で止まった。
一瞬の躊躇。それが全てを変えた。
京介の刀が、竹彦の腹部に深々と突き刺さった。
「がっ……」
血が噴き出す。竹彦は目を見開いた。
「竹彦!」
キヨシが叫んだ。
アスカも振り返った。
「あかん! なんで止まるんや!」
彼女はマリアに怒鳴った。
「諦めい! 全員死んでまうんや! 竹彦、殺すんや!」
しかし、竹彦は刀を抜こうとする京介の手を掴んだまま、動けなかった。マリアの涙を見て、トドメを刺せない。
マルコたちが歓声を上げた。
「やったぞ!」
ヴィンチェンツォが拳を振り上げた。
「0級も終わりだ!」
アントニオが笑った。
「最高の結末だな」
ルカが手を叩いた。
マルコは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「では、フィナーレといこう。実験体K、マリア・アンナムを殺せ」
京介は刀を竹彦の腹から引き抜いた。血が床に広がる。そして、ゆっくりとマリアに向かって歩き始めた。
「パパ……」
マリアは震えながら後ずさった。
京介が刀を振り上げた瞬間、わずかな躊躇が見えた。手が一瞬震える。しかし、プログラムされた命令に従い、刀は振り下ろされた。
ガキィン!
竹彦が間一髪で割り込み、素手で刀を受け止めた。手のひらが切り裂かれ、血が滴る。
「うぐっ……」
腹の傷から大量の血が流れているにも関わらず、竹彦は必死にマリアを守った。
京介は無表情のまま、別の角度から斬りつける。今度は竹彦の肩に深い傷が刻まれた。
「があああ!」
それでも竹彦は倒れない。マリアを背中に庇いながら、京介の攻撃を必死に回避する。しかし、庇う時だけは避けきれず、次々と傷を負っていく。
背中、腕、脚。全身が血まみれになっていく。
「もうやめて!」
マリアが泣き叫んだ。
「私が死ねばいいんでしょ!」
「だめだ……」
竹彦は血を吐きながら首を振った。
「何か、何か方法があるはず……」
京介の次の一撃が竹彦の胸を貫いた。
「がはっ!」
竹彦が膝をついた。もう立ち上がる力も残っていない。
マルコが満足げに頷いた。
「素晴らしい。愛と友情の敗北だ」
京介がトドメの一撃を放とうとした、その時だった。
マリアが竹彦の前に立ちはだかった。
「パパ! 私よ! マリアよ!」
京介の刀が、マリアの目前で止まった。機械的な瞳に、一瞬、何かが揺らいだ。
「マ……リ……ア……」
京介の口から、かすかな声が漏れた。




