第三十二話「血とワインの脱獄劇」
銀河連盟の巨大宇宙船、深夜の牢獄。三人は額を寄せ合って、ひそひそと相談していた。
「このままやと、明日の朝にはミレニオンの実験材料や」
アスカが苦い顔をした。
「なんか手はないんか」
マリアは無表情のまま、牢獄の構造を観察していた。
「看守は30分ごとに見回り。エネルギー銃を持ってる。正面突破は無理」
キヨシは頭を抱えた。
「武器もない、道具もない。どうすりゃいいんだよ」
その時、アスカがポケットをごそごそと探り始めた。
「あった!」
彼女が取り出したのは、ミラノのドラッグストアで勝手に開けて飲んでいたワインのボトルだった。まだ半分ほど残っている。
「なんでそんなもん持ってんだよ」
キヨシが呆れた。
「ええワインやったから、もったいなくて」
アスカは悪びれもせずに笑った。
「これ、使えるんちゃうか」
マリアが振り返った。
「どうやって」
「血に見せかける」
アスカの目が光った。
「誰かが大怪我したフリして、看守を騙す。入ってきた瞬間に襲う」
キヨシは渋い顔をした。
「誰が怪我役やるんだよ」
三人は顔を見合わせた。
「ジャンケンで決める」
マリアが提案した。
「おい、待てよ」
キヨシが慌てた。
「もっとましな方法が」
「じゃんけん、ぽん」
アスカとマリアはグー。キヨシだけがチョキ。
「……マジかよ」
キヨシの顔が青ざめた。
「すまんな、キヨシ」
アスカが申し訳なさそうに拳を構えた。
「手加減はする」
「やめてくれ! 他の方法を」
「時間がない」
マリアが冷静に言った。
「次の見回りまであと10分」
アスカは深呼吸をした。
「キヨシ、歯ぁ食いしばれ」
「待て、待て! 心の準備が」
アスカの拳が、容赦なくキヨシの顔面に叩き込まれた。鈍い音と共に、キヨシは床に崩れ落ちた。
「あー、やりすぎたかも」
アスカが慌てた。
マリアはワインをキヨシの頭や服にかけ始めた。赤い液体が、薄暗い光の中で血のように見える。床にも適度に撒いて、凄惨な現場を演出した。
「看守!」
アスカが大声で叫んだ。
「大変や! 人が死にそうや!」
足音が近づいてくる。ミミズ頭の看守が、慌てて駆けつけてきた。
「何だ、騒々しい」
鉄格子越しに中を覗き込む。キヨシが血まみれで倒れているのを見て、看守の顔色が変わった。
「なんだこれは!」
「喧嘩や!」
アスカが泣きそうな声を作った。
「マリアが突然キレて! 止められへんかった!」
マリアは無表情で壁際に立っていた。まるで本当に人を殴り倒したかのような、冷たい雰囲気を醸し出している。
看守は舌打ちした。
「面倒なことを……」
彼は鍵を開けて、牢獄に入ってきた。エネルギー銃を構えながら、慎重にキヨシに近づく。
「おい、まだ息はあるか」
看守がキヨシの体を確認しようとかがんだ瞬間、キヨシの目がカッと開いた。
「今だ!」
キヨシは看守の足を掴んで引き倒した。同時にアスカが背後から飛びかかり、首を絞める。マリアは素早くエネルギー銃を奪い取った。
「ぐっ……貴様ら」
看守は抵抗しようとしたが、アスカの怪力には勝てない。すぐに気を失った。
「よっしゃ!」
キヨシが立ち上がった。顔はまだ腫れているが、意識ははっきりしている。
「成功だ」
マリアは看守の装備を漁った。
「カードキー、通信機、エネルギー銃。使える」
アスカは看守を牢獄の奥に転がした。
「とりあえず縛っとこか」
三人は牢獄から出た。通路は薄暗く、どこまでも続いているように見える。
「どこ行く?」
キヨシが聞いた。
「エネルギー炉」
マリアが即答した。
「爆破する」
「おいおい、俺たちも吹っ飛ぶぞ」
「制御して小規模爆発。混乱を起こす」
マリアは通信機を操作した。
「船の構造データ、ハッキングした」
アスカが感心した。
「さすがやな」
三人は通路を進み始めた。すぐに警報が鳴り響いた。
『脱獄者発生! セクターD-7! 全警備員は直ちに対応せよ!』
「バレるの早いな」
キヨシが舌打ちした。
角を曲がると、警備員が三人立っていた。
「止まれ!」
マリアは無言でエネルギー銃を撃った。青い光線が警備員を撃ち抜く。アスカは別の警備員に体当たりを食らわせ、壁に叩きつけた。キヨシは転がって、倒れた警備員から武器を奪った。
「行くで!」
アスカが叫んだ。
三人は走りながら、次々と現れる警備員を蹴散らしていく。奪った武器が増えていき、火力も上がっていった。
一方、船の上層階では、ミレニオンの幹部たちが集まっていた。
マルコ・ジョルダーノは、部下からの報告を聞いて眉をひそめた。
「アンナムの小娘が脱獄しただと?」
「はい。他の二人と共に、エネルギー炉に向かっているようです」
ヴィンチェンツォ・ロッシが鼻で笑った。
「ガキの考えそうなことだ」
アントニオ・ベルトーニは腕を組んだ。
「面倒だな。さっさと始末しろ」
ルカ・サントスは欠伸をした。
「京介を使えばいい」
マルコは立ち上がった。
「そうだな。実験体K、出撃させろ」
部屋の隅で、青白い肌の大男が無表情で立っていた。京介だった。
「標的、マリア・アンナム。殺害許可を出す」
京介は無言で頷き、部屋を出て行った。その動きは機械のように正確で、感情のかけらも感じられない。
マルコは薄笑いを浮かべた。
「皮肉なものだな。育ての親に殺される」
四人の幹部は、モニターで脱獄者たちの動きを追った。




