第三十一話「ファミリーの記憶」
銀河連盟の巨大宇宙船、その最下層にある牢獄は、まるで中世の地下牢のような陰鬱な雰囲気を漂わせていた。金属製の壁は冷たく、わずかな光源が三人の影を長く伸ばしている。
キヨシ、マリア、アスカの三人は、狭い独房に押し込められていた。尋問は終わったが、判決はまだ下されていない。ミレニオンの賄賂がどこまで効いているのか、誰にもわからない状況だった。
「なあ、マリア」
キヨシが壁にもたれながら口を開いた。
「さっきから気になってたんだけど、アンナムって一体何なんだ? ミレニオンとの関係も、京介さんのことも、全然わからねえ」
マリアは膝を抱えて座っていた。銀髪が薄暗い光を反射している。
「……話す」
短い沈黙の後、マリアは無表情のまま語り始めた。
「わたしの本名は、マリア・アンナム」
アスカが振り返る。
「アンナムって、組織の名前やないの?」
「ファミリーの名前。そして、わたしの名前」
マリアは淡々と続けた。
「父の名は、ジョヴァンニ・アンナム。母は、ルチア・アンナム」
キヨシは身を乗り出した。
「じゃあ、アンナムってのは……」
「わたしの家族が作った組織。イタリアで三百年続く、ファミリー」
マリアの瞳に、わずかに感情の色が浮かんだ。
「父と母は、組織を近代化しようとしていた。宇宙との取引、新しい技術の導入。でも、古い考えの幹部たちは反対した」
「その幹部の一人が……」
アスカが察した。
「マルコ・ジョルダーノ」
マリアの声に初めて怒りが滲んだ。
「父の右腕だった男。信頼していた。家族同然だった」
キヨシは息を呑んだ。
「裏切ったのか」
「他にも三人。ヴィンチェンツォ・ロッシ、アントニオ・ベルトーニ、そしてルカ・サントス。四人の幹部が手を組んで、ミレニオンを作った」
マリアは立ち上がり、鉄格子を握りしめた。
「あの夜、わたしは八歳だった。パパ……京介が、わたしを抱えて逃げた。後ろで、父と母の叫び声が聞こえた」
「京介さんは……」
「母の元恋人」
マリアは振り返った。
「でも、父と京介は親友だった。マルコとも、三人は兄弟のようだった」
アスカが低く唸った。
「兄弟が、裏切ったんか」
「京介は母を愛していた。でも、母が父を選んだとき、京介は身を引いた。そして父の右腕として、ファミリーを支えた」
マリアの表情は変わらないが、その声には深い悲しみが滲んでいた。
「わたしが生まれてから、京介はずっとわたしを可愛がってくれた。本当の娘のように。『マリア、お前は俺の宝物だ』って、いつも言ってた」
キヨシは拳を握りしめた。
「それを、ミレニオンの連中が……」
「襲撃の日、京介は必死で戦った。でも、四人の幹部が用意した改造兵士には勝てなかった。RVウイルスの試作品を使った、化け物たち」
マリアは牢獄の天井を見上げた。
「京介は捕まった。わたしは、アスカに助けられた」
アスカが頷いた。
「あん時は、まだ殺し屋やったけどな。マリアを殺す仕事やったんや。でも、子供を殺すのは……できへんかった」
「それで竹彦に会った」
マリアが続けた。
「空港で、ミレニオンの追手と戦ってるところに」
キヨシは深いため息をついた。
「全部繋がってたのか」
「ヴィンチェンツォは薬物担当、アントニオは武器、ルカは人身売買。そしてマルコが全体を統括」
マリアの声が冷たくなった。
「あいつら、ファミリーの掟を破った。仲間を裏切り、血を流した」
「だから、復讐するんか?」
アスカが聞いた。
マリアは首を横に振った。
「復讐じゃない。ファミリーを取り戻す。京介を取り戻す。それが、アンナムの娘としての、わたしの義務」
その時、牢獄の扉が開いた。ミミズ頭の看守が、にやりと笑いながら入ってきた。
「おい、アンナムの小娘。判決が出たぞ」
マリアは振り返りもせずに答えた。
「ミミズは黙ってて。どうせ金で買った判決」
看守の顔が歪んだ。
「生意気な……まあいい。お前たちは明日、ミレニオンに引き渡される。『保護観察』という名目でな」
キヨシとアスカが立ち上がった。
「なんだと!?」
「ふざけんな!」
看守は高笑いした。
「マルコ・ジョルダーノ様が、お前たちを『更生』させてくださるそうだ。特に、アンナムの小娘はな」
マリアはゆっくりと振り返った。その瞳は、氷のように冷たかった。
「マルコに伝えて。『アンナムの血は、裏切り者を許さない』って」
看守は鼻で笑った。
「威勢がいいのも今のうちだ。明日の朝、迎えが来る」
扉が閉まり、再び三人だけになった。
アスカが壁を殴った。
「くそっ! このままやと、全員殺されるで!」
キヨシは歯を食いしばった。
「竹彦は……竹彦はどこにいるんだ」
マリアは静かに座り直した。そして、小さく呟いた。
「パパ……」
銀河連盟の巨大宇宙船は、暗黒の宇宙を進み続ける。明日の朝まで、あと十時間。三人の運命は、風前の灯火だった。
しかし、マリアの瞳には、まだ諦めの色はなかった。アンナムの血を引く者として、ファミリーの誇りを胸に、彼女は静かに次の一手を考えていた。




