第二十九話「銀河連盟の介入」
マリアは地面に座り込んでいた。
肩を落とし、膝を抱えるようにして、ただじっと石畳を見つめている。普段の無表情とは違う。明らかに打ちひしがれていた。
「いてててて……」
アスカがむくりと起き上がった。顔は腫れ、服はボロボロ。それでも意識を取り戻したのは、改造された体のおかげだろう。
ショーウィンドウの中から、キヨシも這い出してきた。ガラスの破片が服に突き刺さり、あちこちから血が滲んでいる。
「あれ……まだ生きてる」
自分でも驚いたように呟いた。普通の人間なら、とっくに死んでいてもおかしくない。
竹彦が噴水から歩いて戻ってきた。ずぶ濡れだが、大した怪我はないようだ。
「マリアさん」
竹彦が優しく声をかけた。
「大丈夫ですか?」
マリアは答えなかった。ただ、小さく首を振る。
車が着陸し、部長も降りてきた。
「ごっつう強いわ」
アスカが折れた腕を見ながら言った。
ゴキリ。
嫌な音を立てて、腕を元の位置に戻す。キヨシは思わず顔をしかめた。
「あかん、ウチじゃ無理や。あんな化け物、どないして倒すねん」
「確かに……」
竹彦も珍しく弱音を吐いた。
「京介さんの戦闘力は予想以上です。RVウイルスの影響でしょうか。身体能力が異常に強化されています」
「でも、このままじゃ……」
キヨシが言いかけた時、竹彦が口を開いた。
「こうなった以上、やるしかありません」
その声には、決意が込められていた。
「京介さんを捕まえても、閉じ込めておける檻がない。洗脳を解く方法も分からない。でも……」
竹彦は皆を見回した。
「ミレニオンから直接、洗脳の解き方を聞き出すしかありません」
「それって……」
「全面戦争ですね」
アスカが苦笑した。
「キヨシさんの顔も、アスカさんの顔も、もう連中に知られました。マリアさんも危険です」
竹彦の分析は冷静だった。
「でも、向こうもやりすぎました。様々な種族の宇宙人を誘拐した。これは銀河連盟も黙っていないでしょう」
実際、解放されたエイリアンたちは、既に自分たちの星に連絡を取っているはずだ。カバたちも、触手系も、みんな怒っている。
「アンナムの残党にも連絡を取ります。まだイタリアには協力者がいるはず。彼らと組んで、ミレニオンを叩き潰しましょう」
「でも……」
マリアが初めて口を開いた。
「パパは……」
「京介さんは必ず保護します」
竹彦が断言した。
「でないと、ミレニオンの道連れになってしまう。何としても——」
その時だった。
空が、突然明るくなった。
「なんだ?」
キヨシが見上げると、巨大な影がミラノの夜空を覆っていた。
宇宙船だった。
全長は200メートルはあるだろうか。流線型のフォルムに、複雑な紋様が刻まれている。明らかに地球の技術ではない。
「Madonna!」
「Che cos'è quello!?」
イタリア人たちが一斉にスマホを向ける。SNSは今夜、大騒ぎになるだろう。
「銀河連盟の船だ……」
竹彦が呟いた。顔が青ざめている。
「仕事早いなー……」
アスカも緊張した様子だ。
宇宙船の底部が開き、何かが降下してきた。
ずんぐりとした体型の生物たちだった。SFなのか古代なのか判別できない奇妙な甲冑を身に纏い、槍のような武器を持っている。
10体、20体……全部で30体ほどだろうか。
彼らは竹彦たちを取り囲むように着地した。
「グルグル、ザザザ……」
「キチキチ、ムゥムゥ……」
早口で何かを喋り始めた。キヨシは公用語を少し覚えたので、朧げながら理解できた。
「誘拐犯はどこだ!」
「地球人の七夕竹彦! お前だな!」
「また事件を起こしたのか!」
どうやら、竹彦を誘拐犯だと誤認しているらしい。
竹彦は一瞬、呆れたような顔をした。そして——
「じゃあ皆さん、あとは任せました!」
満面の笑みを浮かべた。
「僕は京介さんを追います! よろしく!」
「は?」
キヨシが声を上げる前に——
ドカン!
竹彦が地面を蹴った。石畳が円形に陥没し、その反動で竹彦の体が宙に舞い上がる。
まるでロケットのように、ビルの屋上を飛び越えて、夜の闇に消えていった。
残されたのは、キヨシ、アスカ、マリア。
そして、30体の武装した宇宙警察。
「ちょ、ちょっと待て!」
キヨシが慌てて叫んだ。
「違うんだ! 俺たちは被害者で——」
「黙れ! 共犯者め!」
槍が向けられた。先端が不気味に光っている。
「あかん……」
アスカが頭を抱えた。
「これ、どない説明すんねん……」
マリアは相変わらず座り込んだまま、何も言わない。
キヨシは思った。
今夜は、長い夜になりそうだ。




