第二十六話「イタリア脱出」
施設内は完全なカオスと化していた。
「来るなああああ!」
アスカの悲鳴が響き渡る。
ドガッ! バキッ!
青白い男——京介が、アスカを追いかけながら、立ちはだかる見張りたちを次々と蹴散らしていく。その背中の傷は、もう塞がりかけていた。いつの間にか、ナイフも落ちている。
「なんだこれは!」
「化け物が二匹も!」
鳥頭の見張りたちが慌てふためく中、キヨシは捕虜たちを連れて混乱に乗じて走った。
「今だ! 逃げるぞ!」
カバたちや他のエイリアンが、我先にと出口を目指す。
携帯を見ると——アンテナが立っていた!
震える手で竹彦の番号を押す。
「もしもし!」
『キヨシさん!』
竹彦の声は、いつになく緊迫していた。
『周りに何がありますか』
「わからない! 建物の中だ! 地下みたいなところに閉じ込められてる!」
『電源を切らないで20秒待ってください』
受話器の向こうで、慌ただしい話し声が聞こえる。
「携帯の発信源、特定できるか?」
「座標出ました!」
「イタリア……ミラノ郊外です!」
キヨシは画面を見て叫んだ。
「バッテリーが3%しかねぇんだ! 早く来てくれ!」
そして思い出したように付け加えた。
「マリアの親父さんが……なんかよくわかんないことになってる! とにかく早く!」
『場所が分かりました。電源を一旦切ってください。10分で到着します! それまで耐えてください!』
通話が切れた。
「どうしよう、どうしよう……」
キヨシは慌てながらも、壁を見回した。エイリアン仕様の看板がある。緑色に光る、非常口のマーク。
「あっちだ! みんな、ついてこい!」
エイリアンたちを先導して走る。
角を曲がると、鳥頭のエイリアンが数名立ちはだかった。
「逃がすか!」
だが、キヨシは止まらなかった。アドレナリンが全身を駆け巡る。
「うおおおお!」
夢中でタックル。一人目が吹き飛ぶ。
続けて回し蹴り。二人目がよろける。
肘打ち、頭突き、膝蹴り。
気がつけば、鳥頭たちは全員床に転がっていた。
「俺……こんなに強かったっけ?」
自分でも驚きながら、非常口へ走る。
重い扉を押し開けると——
眩しい太陽光。
外に出た。
街並みを見て、キヨシは違和感を覚えた。看板の文字がアルファベット。いや、イタリア語だ。
「RISTORANTE」「FARMACIA」「VIA MILANO」
「ここ……イタリアか!」
後ろから、ぞろぞろとエイリアンたちが出てくる。カバ、触手系、岩石系……様々な宇宙人が、イタリアの街中に現れた。
道行く人々が立ち止まる。
「Che cosa...?」
「È un film?」
「Carnevale?」
イタリア語で何か話している。映画の撮影か、カーニバルだと思っているらしい。
キヨシは必死に記憶を掘り起こした。昔読んだ漫画で見た、イタリア語の決めゼリフ……
「アリーヴェデルチ!」
さよならという意味だ。
「アリーヴェデルチ! アリーヴェデルチ!」
意味不明だが、とりあえず連呼しながら、エイリアンたちに宇宙の公用語で叫んだ。
「ついてこい! 人通りの多い場所へ!」
イタリア人たちは、奇妙な集団を見て写真を撮り始めた。
「Incredibile!」
「Bellissimo costume!」
コスプレだと思われているようだ。
キヨシは走りながら思った。
10分。竹彦が来るまで、あと10分。
その時、後ろから轟音が響いた。
建物の壁が崩れ、アスカが飛び出してきた。
「助けてええええ!」
その後ろから、ズボンが完全に破れた京介が——
「いや、それは見せるな!」
キヨシは目を逸らしながら、さらに速く走った。
イタリアの街が、前代未聞のパニックに包まれようとしていた。




