第二十五話「予想外の展開」
「ウチはブサイクちゃうわ……」
アスカがぶつぶつと呟いている。どうやらフィットネスジムでカバに言われたことを、まだ気にしているらしい。
キヨシは内心呆れた。この緊急事態に、何を考えているんだこの人は。
ガチャン。
扉が開いた。青白い男が入ってくる。その後ろには、プレデター店員。
「カバを一匹連れて行け」
プレデターが命令した。
アスカがキヨシに目配せした。作戦開始だ。
「待て!」
アスカが立ち上がり、男の前に立ちはだかった。服の前をはだけさせながら。
「なんだ?」
プレデターがめんどくさそうに言った。
「あんなカバよりも、ウチの方がええやろ?」
アスカは慣れない仕草で、しかし自信満々に胸元のボタンを外していく。一つ、また一つ。スーツの下から、豊満な胸元が露わになった。
男は無表情だった。
だが——
その視線が、アスカの胸元に釘付けになった。
じっと、じっと見つめている。瞬きすらしない。まるで磁石に引き寄せられた鉄のように、視線が吸い付いている。
「おい! 何ボサッとしてんだ!」
プレデターが男の肩を蹴った。
ドスッ。
鈍い音。だが男は微動だにしない。
「聞いてるのか!」
もう一度蹴る。今度は腰を。さらに背中を。
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
まるで岩を蹴っているような手応え。男は全く反応しない。ただ、アスカの胸元を凝視している。
(どうや! 効いとるやんけ!)
アスカは内心で勝ち誇った。計画通りだ。
調子に乗って、男の腕に手を添えた。指先で、そっと撫でるように。
「ねぇ……」
甘い声を作る。普段の関西弁とは違う、女らしい声。
男の鼻息が、わずかに荒くなった。
フーッ、フーッ。
熱い吐息がアスカの顔にかかる。
「あっちで楽しもうや♡」
男がずいっと前に出た。無表情のまま。しかし、その目だけは違った。ギラギラと、獣のような光を宿している。
キヨシは後ろに回り込んだ。ナイフを構える。今だ!
「おい! ちゃんと命令を聞け!」
プレデターが男の前に立ちはだかった。
次の瞬間——
ゴッ!
男の裏拳が、まるで鉄槌のようにプレデターの顔面に炸裂した。プレデターの体が宙を舞う。壁に激突し、ずるずると崩れ落ちた。一撃。たった一撃で、完全に沈黙させた。
男はアスカの胸元を見つめたまま、彼女の腰にぐいっと手を回した。
その怪力。アスカの体が、まるで人形のように引き寄せられる。
今だ!
キヨシは高周波ブレードを起動させ、男の背中に突き刺した。
ブスッ。
確かに刺さった。刃が肉に食い込む感触。血も流れ始めた。
だが——
男は微動だにしない。
まるで蚊に刺された程度の反応すらない。それどころか、アスカの腰を引き寄せる力が強くなった。ぐいぐいと、容赦なく。
「なにしとんねん! 早くやれ!」
アスカが叫ぶ。
キヨシは必死に刺した。二度、三度、四度。
ブスッ、ブスッ、ブスッ。
血は流れる。だが男は全く動じない。まるで痛覚が存在しないかのように、アスカに夢中だった。
「おらぁ!」
アスカが膝を振り上げ、男の股間に全力で蹴りを入れた。
ゴンッ。
鈍い音が響いた。
「!?」
アスカの顔が一瞬で青ざめた。
バスケットボール? いや、それ以上。まるで股間に巨大な鉄の棒が——いや、もっと恐ろしい何かが存在している感触。
男のズボンを見ると、異様に張り詰めている。布地が限界まで引き伸ばされ、今にも破裂しそうなほどに膨張している。
「ちょ、ちょっと待って!」
アスカの声が震えた。余裕は完全に消え失せた。
「落ち着け! 落ち着いてくれ!」
じりじりと後退する。だが男は無言のまま、ゆっくりと近づいてくる。
その股間は、もはや隠しきれないほどに主張していた。ズボンの縫い目が、ピキピキと音を立てて裂け始めている。
「やっばぁ!」
アスカが叫んだ。
「そのデカいもんしまえや! 怖い怖い怖い! 来るな!」
そして扉に向かって全力疾走。
男は背中にナイフを何本も刺したまま、血を流しながら、アスカを全速力で追いかけ始めた。無表情のまま、しかし明らかに興奮した様子で。その走り方は、股間の異常な膨張のせいで、少し不自然だった。
二人は部屋から飛び出していった。
廊下の向こうから、アスカの悲鳴が聞こえてくる。
「きゃああああ! 来るな! そんなもん振り回すな! 壁にぶつかっとるやんけ!」
残されたキヨシと捕虜たちは、ポカンと口を開けて、二人が去った方向を見つめていた。
「……何だったんだ、今の」
カバの一匹が呟いた。
「さぁ……」
別のエイリアンが答えた。
しばらくの沈黙。
「よし、今がチャンスだ!」
キヨシが我に返った。プレデターは気絶している。青白い男はアスカを追いかけて行った。
「みんな、逃げるぞ!」
捕虜たちが一斉に立ち上がった。
扉の外からは、遠くでアスカの悲鳴が聞こえてくる。
「きゃああああ! 来るな! そんなもん見せるな!」
「……」
皆、聞かなかったことにして、脱出を開始した。
キヨシは走りながら思った。
作戦は、ある意味成功したのかもしれない。
ただし、予想とは全く違う形で。




