第二十三話「フィットネスと罠」
事務所に新たな依頼が舞い込んできた。
「大柄で肌の青白い剣士の目撃情報……」
竹彦が資料を読み上げる。マリアが身を乗り出した。
「それ、パパかも」
「可能性はありますね」
竹彦が頷いた。
「場所は軌道上のステーション。特殊な体液を分泌するエイリアンの保護依頼です。その地区で誘拐が相次いでいるとか」
「私も行く」
マリアが立ち上がったが、すぐによろけた。頭のたんこぶがまだ痛むらしい。
「無理だ」
アスカが止めた。
「指もまだ治ってへんやろ」
確かに、小指のバンテージはまだ外せていない。
「でも……」
「留守番」
竹彦の声は優しいが有無を言わせない。
「今回は危険かもしれません」
結局、竹彦、アスカ、キヨシの三人で向かうことになった。
キヨシが空飛ぶ車を操縦しながら聞いた。
「俺には銃とか持たせてくれないの?」
もう敬語は使っていない。この一週間で、随分と馴染んできた。
「銃があると、かえって危険かもしれません」
竹彦が説明した。
「法力使い、つまりエネルギー値の高い戦士には、エネルギー系の武器がほとんど効かないんです」
「は?」
「質量系の武器じゃないとダメージが入らない。普通の弾丸、刃物、ハンマー。そういう原始的なものの方が効果的です」
「なんだその理屈……」
「高周波ブレードがおすすめですね」
アスカがトランクをゴソゴソと漁った。
「これとかどう?」
手渡されたのは、一見普通のナイフ。でもボタンを押すと——
キィィィン……
耳障りな高周波音が響いた。
「高周波流して切れ味を増すんや。ビームサーベルとかは簡単に弾かれるけど、これなら効く」
「へぇ……」
キヨシはナイフをベルトに差した。使う機会がないことを祈りながら。
軌道ステーションに到着すると、依頼人のエリアへ向かった。
施設に入った瞬間、重低音が響いてきた。
ドゥンドゥン、ドゥンドゥン……
「なんだこれ……」
キヨシは目を疑った。
そこはフィットネスクラブだった。タンクトップ姿のカバのような見た目のエイリアンたちが、スポーツドリンク片手にトレーニングに励んでいる。
床は緑色に濡れていた。カバたちの汗だ。緑色の汗。それが目的の体液らしい。
「爽やかな匂い……」
確かに、嫌な臭いではない。むしろスポーツドリンクのような、清涼感のある香りだった。
カバたちは引き締まった体をしている。シャワー室を行き来しながら、楽しそうにトレーニングを続けていた。
「慣れそうにねぇな、この光景……」
キヨシがぼやいていると、竹彦とアスカが聞き込みを始めた。
「君たちも手伝ってください」
キヨシも公用語を少し覚えたので、おぼつかないながら調査に参加した。
「あの……誘拐について……知ってること……」
片言の公用語で話しかける。カバたちは親切に答えてくれた。
一方、アスカは——
「なんやこのブス! 整形してこい!」
「グルルル!」
カバとケンカしていた。ナンパされて逆ギレしたらしい。
竹彦は——
「もっと腹筋に力を入れて! そう! その調子!」
なぜかスポーツトレーナーをやっていた。カバたちに囲まれて、筋トレ指導をしている。
「もしかして、あの二人って喧嘩以外使えないんじゃ……」
キヨシは呆れながらも、聞き込みを続けた。
そして、重要な情報を掴んだ。
「おい、二人とも!」
竹彦とアスカを呼び寄せる。
「ビタミン剤を安く売ってる店に、怪しい男がいるって話だ」
「ビタミン剤?」
「ああ。カバたちをスポーツ用品の安売り店に誘い込んで、そこで誘拐してるらしい」
竹彦が真剣な表情になった。
「悪徳商法の可能性がありますね。調べに行きましょう」
フィットネスクラブの受付カバに「みんなに注意喚起してください」と伝えて、三人は店へ向かった。
店は普通のドラッグストアのような外観だった。
中に入ると、「広告の品」と書かれた陳列棚があちこちにある。異常に安い製品が並んでいた。
「安い……」
竹彦が商品を手に取り、買い物カゴに入れ始めた。
「お前、バカなの?」
キヨシが呆れた。
「買い物して罠にかからんと分からんやん」
アスカは薬売り場を素通りして、酒売り場へ。勝手にボトルを開けて飲み始めた。
「おい!」
「偵察や、偵察」
キヨシは諦めて、店内を見回した。
「お客さん、何か探してるの?」
後ろから声がした。振り返ると、プレデターのような顔の店員が立っていた。エプロンをつけているのが、妙にミスマッチだ。
「あ、ビタミン剤が欲しくて。運動する時に使いたいんだ」
店員は手元の端末を操作した。
「ごめんね、ちょっと体温測らせて」
ピッ。
何かを計測された。店員の表情が変わった。
「ああ、こっちにあるよ」
店の奥へ案内される。少し物陰になった場所。
「この辺に置いてあるから」
キヨシは陳列棚を見て絶句した。
コンドーム、ローション、その手の商品ばかり。
「いや、全然違うだろ」
振り返った瞬間——
大柄で、肌の青白い男が立っていた。
「やべ……」
言い終わる前に、腹部に強烈な衝撃。
内臓が潰れるような痛み。視界が歪む。
男の動きは恐ろしく速かった。崩れ落ちそうになる体を、簡単に支えられる。
そのまま、隠し扉の方へ引きずられていく。
薄れゆく意識の中で、キヨシは思った。
これが、京介なのか——




