第二十二話「アンナムとミレニオン」
翌朝、キヨシは竹彦に呼び出された。
事務所の応接室。向かい合って座る。キヨシの手は微かに震えていた。
「キヨシさん」
竹彦の声は穏やかだった。
「これからは正式なメンバーとしてお願いします」
「え?」
予想外の言葉だった。てっきり制裁か、クビか、もっと悪い何かが待っているかと思っていた。
「運転がとても上手だって聞いています。仕事の指示は基本的に所長から受けてください」
どうやら許されたらしい。キヨシは安堵のため息をついた。
「ただし」
竹彦の目が細くなった。
「次に僕に黙って危ないことをしたら、しっかりと注意しますからね」
「は、はい!」
キヨシは勢いよく頭を下げた。
事務所のメインルームに戻ると、アスカとマリアがいた。
アスカの顔は腫れ上がっていた。右目の周りが紫色に変色している。
マリアは頭に氷嚢を乗せていた。両手の小指には、バンテージのようなものが巻かれている。爪のあたりが赤く滲んでいるような——
キヨシは視線を逸らした。何があったのか、聞きたくない。想像もしたくない。
「そういえば」
気を取り直して質問した。
「マリアの父親の話って、一体何なんですか?」
竹彦が座り直した。
「ああ、ミレニオンの話もしないといけませんね」
そして、長い説明が始まった。
「まず、マリアさんの親族が昔、イタリアで運営していた自治組織がありました。『アンナム』という名前です」
キヨシは聞き入った。
「部長のアンナムブロードバンドも、このアンナムが経営している会社の一つです。マリアさんは、その組織のご令嬢でした」
マリアが無表情のまま頷いた。
「しかし、幹部の何人かが裏切り、新しい組織『ミレニオン』を立ち上げました。この時に——」
竹彦の声が少し低くなった。
「マリアさんの実の両親は殺されました」
「え……」
「彼女の育ての親である京介さんが、マリアさんを連れて日本まで逃げてきました。でも、ミレニオンは二人を殺すために暗殺者を雇った」
アスカが苦い顔をした。
「その暗殺者が、アスカさんが昔所属していた組織です」
「マジか……」
キヨシは絶句した。
「当時、アスカさんは組織を抜けたがっていて、その仕事にも乗り気じゃなかった。でも命令は絶対。空港で戦いになりました」
竹彦は続けた。
「その時、偶然僕がいました。殺し屋集団と戦って、アスカさんとマリアさんを助けた。それが僕たちの出会いです」
「じゃあ、マリアの言う『パパ』って……」
「はい。実の父親じゃなくて、育ての親です。マリアさんはその人をとても慕っていた」
マリアが小さく呟いた。
「大切な人」
「でも、その襲撃の時に、京介さんは連れ去られてしまいました」
竹彦の説明は続く。
「京介さんは非常に優れた法力使いの日本人。いわゆる『サムライ』というやつです。ミレニオンが連れ去った理由は、おそらく強い検体を探していたから」
「検体?」
「ミレニオンは違法な製薬会社でもあります。人体実験をしている。RVウイルスを使った生物兵器の研究をしていて、銀河連盟にも危険な『商品』を卸しています」
キヨシは吐き気を覚えた。人を商品として扱うなんて。
「目撃情報によると、京介さんは記憶を奪われて、彼らの殺し屋として使われているはずです」
「それを……取り戻したい?」
「それがマリアさんがこの事務所にいる理由です」
竹彦は真剣な表情で続けた。
「とはいえ、ミレニオンは非常に強大な組織です。今のところ、僕も全容が掴めていません。しっかりと急所を見極めてから対策しないと、簡単に反撃を食らいます」
そして、意外なことを言った。
「マリアさんは事務所のメンバーですが、同時に依頼者でもあります」
「依頼者?」
「彼女が僕に依頼したのは、父親を取り戻すこと。そして、ミレニオンの壊滅です」
なるほど、とキヨシは納得した。だから竹彦は、勝手な行動を許さないのだ。
「まずは、破壊されてしまったアンナムを再建しなければなりません。部長の会社は、その第一歩です」
「部長も……」
「部長には体の弱い妹さんがいます。特別な病気で、薬は事務所が調達しています。その代償として、頭の良い部長に会社を経営してもらっている」
竹彦は立ち上がった。
「僕たちは仲間ですが、同時にビジネスパートナーでもあります」
マリアとアスカを見た。
「だから、これからはしっかりと相談して行動してください。勝手なことをされると、全員が困ります」
二人はしょぼんとうなだれていた。
腫れた顔と、傷ついた手。
これが「注意」の結果だとしたら——
キヨシは改めて思った。
この事務所は、優しさと恐怖が同居する、奇妙な家族のような場所なのだと。




